2020.01.23
コラム
店内でのイベントの開催、ウェブメディアの活用、そして貸しギャラリーの併設。
百年(吉祥寺)がこれまでにやってきたことの一部だ。いずれも本屋の枠には収まらない、なおかつ本屋でなければできない新しい試みだった。
目に見えるカタチとなって実を結んださまざまな企画。その種子は、どこからともなく風に吹かれて飛んできたわけではない。2006年のオープン時から掲げるコンセプトの中に、すでに根を張っていたのだ。
百年は古本屋の何を変え、何を変えなかったのか。
店主の樽本樹廣さんにお話を伺う本シリーズ。第2回目は、百年の骨格とも言うべきコンセプトについて。
── 「コミュニケーションする本屋でありたい」という百年のコンセプトは、どのようにして生まれたのですか?
樽本 お店をやろうと思ったときにはすでに頭の中にありました。むしろ、基盤となる思想を設計するところから開業の準備を始めたと言ってもいいくらいです。
具体的にイメージしていたのは、例えばフランスのパリにあるシェイクスピア・アンド・カンパニー書店(Shakespeare and Company)です。若い書き手を支援する店主を慕って、アーネスト・ヘミングウェイやジェイムズ・ジョイス、マン・レイといった芸術家たちが集まりました。日本ではそういう話をあまり聞かないなと感じたのが出発点です。
本好きには堪らない「百年」店内の様子
── 「コミュニケーション」とは、誰と誰のコミュニケ―ションなんですか?
樽本 第一に、作品を書いた「著者」と、それを読む「読者」がつながり合うことです。お互いが実際に顔を合わせて、意見を交わせるような場にしたかった。“文化的な熱”を本屋から生み出したかったんです。
また、イベントなどで直接に交流するだけではなく、本を介して心を通わせたいという思いもありました。
全国にチェーン展開する大型の古書店に対して僕が不満に感じていたのは、大切にしてきた本が機械的に処理され、一律に値付けされるということです。そこではコミュニケーションが途絶えてしまっている。
では、どうすればいいのか。コミュニケーションするというのは、売り手と買い手の間でわかり合うことでもあります。本を手放す人の気持ちに寄り添い、最大限に応える百年でありたいと思ったんです。
── 実際に、店でお客さんとコミュニケーションするうえで、樽本さんが心がけていることは何ですか?
樽本 誠実であることです。お客さんの中には、遠方から百年を目指して来てくださる方もいれば、散歩の途中でフラッと立ち寄る方もいます。店内に入るときの心境も違えば、求めるものもさまざまです。それがどんな人であれ、目の前のひとりに真心をもって接する。これは当たり前のことだと思います。
接客の態度とは別に、誠実さをはかるもう一つ重要な尺度があります。買取価格です。その本のことがちゃんとわかっているかどうかは値付けにあらわれます。日々変動する市場の相場などを基準にしながら、時にお客さんの思い出話に耳を傾け、最終的な査定額を出す。そこはいつも真剣に取り組んできました。
── 主に古本を扱うお店として、百年はどのような役割を果たしてきたと思われますか?
樽本 古本屋って、“シェア”する場所だと思うんです。大事にしてきた本そのものであるとか、本に含まれる知や情報であるとか、それを読んだときの興奮を共有する。
吉祥寺にも最近、「ブックマンション」という棚貸しをする本屋ができて、個々人が思いどおりに自分の本を売ったりしています。
うちではもちろん、誰のものであったかは明かさないんだけど、考え方は同じだと思います。自分たちが読んできた本を、ここでシェアしてもらう。新しく買った本が、どこかで途切れずに循環する。百年はそういう場所だったし、これからもそうでありたいと願っています。
── 数ある古本屋の中でも、お客さんが百年で本を売る理由はどこにあるとお考えですか?
樽本 プラス100円でも1000円でも、うちより高く買い取るお店というのはいくらでもあります。そもそもお金が目当てなら、ネットオークションなどを使って自分で売るのが一番です。
うちのお客さんを見ていると、ただ単純に本を高く売りたいというよりも、次に生かしてほしくて来てくださる方のほうが多い。
だからこそ、「あなたの本をちゃんと次の人に届けましたよ」というメッセージは、お店の姿を通して伝えていきたいなと思いますね。売ってくださった本がどうなったかをはっきり言葉にするわけではないけど、百年で扱われている本や働いているスタッフを目にすることで、お客さんにもわかってもらえるんじゃないかなって。
「百年」の店先に掲示された「一日」への案内図
── 店舗ならではの「安心」の伝え方ですね。
樽本 本に対する向き合い方をきちんと目に見える形で表現できたのは、実店舗をやっていてすごくよかったなと思う部分です。
うちにどんな本があって、どんな考えで経営しているのかに共感して来てくださるお客さんも少なくありません。そういう意味では、この店のコンセプトもまた、知らないうちに“シェア”されているんです。
2017年の8月に、百年から歩いてすぐのところに「一日」という本屋をオープンしました。アートブックを中心に置いているのですが、それとは別に貸しギャラリーを設けていて、そこで作品の展示や販売などをやっていただけるようになっています。ここもまさに“シェア”するための場所なんです。
── 百年では頻繁にイベントを開催されているようですが、いつ頃、どのような目的で始められたのですか?
樽本 イベントはお店を開業した当初からやっていました。2006年当時にはそういった本屋がまだなかったので、百年はその走りと言っても間違いないはずです。
本棚の下のほうを見ていただくとわかると思うのですが、車輪が付いているんですね。イベントをやる際には、本棚を動かしてスペースをつくるというのを初めから想定していました。
一番の狙いは、顔が見える商売をやりたかったんです。商店街の八百屋さんと同じで、顔が見えると安心するでしょう? それこそが、僕の目指す町の本屋なんです。
車輪付きの本棚。この目線の高さでなければ気が付かない。
── さまざまな著名人がイベントに参加されているようですが、そういったつながりはどのように築いてこられたのですか?
樽本 最初からコネクションがあったわけではなくて、まったく知らないところから声をかけることのほうが多かったです。
企画書もすべて一から自分で書きました。普通に出版社を通して打診して、断られたことも一度や二度ではありません。でもそれを辛抱強く続けたおかげで、いろんな人とのつながりができたんです。
本屋をやりながら、その空間を利用して思い切った挑戦ができる。これもまた、実店舗を持つ強みだと思うんですよね。
── 百年のホームページには、作家や芸術家の連載、インタビューが「パブリック・リレーションズ」というタイトルで掲載されています。このタイトルが意味するものは何ですか?
樽本 この企画は2010年12月にスタートしました。日本で「パブリック・リレーションズ(PR)」と言うと、いわゆる宣伝活動を思い浮かべる人がほとんどかもしれません。広告代理店が打ち出すCMのような。
僕が意図したのは、そういった一方的な情報発信ではなくて、百年を取り巻く人々(パブリック)と双方向の関係(リレーションズ)を育てていくことです。これもやはり、コミュニケーションの一つの形なんですよね。
結果として、「パブリック・リレーションズ」はお店の広告にもつながっています。記事を読んだ方が後日、お客さんとして百年に来てくれることも珍しくありません。最初に述べたような“文化的な熱”は、まさにこういうところから生まれるのです。
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