コラム

2020.01.21

コラム

カラサキ・アユミ 古本奇譚 第1回 「仙人が棲む古本屋」

 

 

古本を愛する人々にとって、“特別な古本屋”というのが誰しも必ず存在するのではないでしょうか。それは単に今現在お気に入りの一軒という場合もあれば、例えば子供時代に興味本位で初めて訪れた古本屋であったり、店主のお爺さんから手厳しい洗礼を受けた苦い思い出のある古本屋であったり、とんでもない掘り出し物を見つけさせてもらったが今はもう閉店してしまった古本屋であったり。個人の体験や記憶の分だけ、それぞれの視点で多種多彩に捉えられた古本屋の姿があるわけです。

 

突然話は変わりますが、私という人間は実に鉄のような人間でして。いえ、打たれ強いという意味ではなく、熱し易く冷め易いという意味です。日記は3日目から白紙、健康の為のジョギング活動も運動靴を購入したと同時に闘志が失せ、意気揚々と始めた500円玉貯金も貯金箱の10分の1も満たぬ時点で断念。絵に描いたような飽き性です。そんな私が少女時代から未だ唯一熱されたままで冷めぬ気持ちを注がされているのが“古本”なのです。もう二十数年になります。その間に沢山の古本屋に訪れ、古本を買うだけでなく様々な光景にも出会いました。

 

自分は古本趣味のお陰で精神的に豊かで刺激溢れる人生を今日まで送らせていただいている地方在住の市井の古本好きであります。この連載では、私がこれまで体験した古本屋での出来事のその中でもとりわけ印象に残った実体験を『古本奇譚』と称し、拙い文章で綴らせていただきたいと思います。どうぞ宜しくお願い致します。

 

さてさて、話が逸れに逸れてしまいました。冒頭に話を戻しまして“特別な古本屋”についてですが、勿論私にもそんな一軒があります。

 

その古本屋は奈良県のとある駅前の通りから横道に入って数分の場所にあるC店と言います。とても小さな古本屋です。初めてこの店の存在を知ったのは私が大学生になりたての春で、当時一人暮らしをしていたアパートから最寄りのスーパーまでの道のりを探検がてら歩いている時でした。長年雨風に晒されてきたであろう年季の入った薄緑の店舗用テントには白いインクで〈古本屋〉とだけ書かれており、住宅街に紛れるようにしてひっそりと建っていました。慣れない土地で初めて出会った古本屋の存在が独り孤独と不安を抱えていた18歳の私をどれだけ励ましてくれた事でしょう。

 

その日から私のC店通いが始まりました。…が、通うのも一筋縄ではいかなかったのでした。なぜなら営業スタイルが独特だったからです。“営業時間12時から20時くらい”と小さく切ったチラシの裏紙にマジックペンで雑に書かれた営業案内は、ほぼほぼ存在の意義は果たしていませんでした。まずこの店は12時に開店することはなく、大体13時頃にようやく店のシャッターが開かれ、そこから無気力感みなぎる店主が姿を現し、店内に仕舞っていた均一本達を運び出し店外の棚にゆるゆると並べ始める。

 

この作業がこれがまた信じられないくらいに遅い。足をまるで地面から離したくないようにソロソロと歩く猫背の店主、腕力的に単行本数冊、文庫本5、6冊が限界のようで、その為にそう大きくはない店外の本棚に均一本を並べ終わるまでかなりの時間がかかっていたようでした(作業中の店主の表情は気持ち良いくらい商売人らしからぬ覇気の無さで、またその様子が何とも言えず哀愁を帯びていました)。その様子に何度か出くわして以来、開店準備が終わった15時頃に店を訪れるのが常となりました(不定休の為、店の前まで来てフラれる事も多かったです)。

 

本が雑然と並び積み上げられた狭い店内、決して回転率が良さそうとは言えない様子の棚はいつ来ても並ぶ本に代わり映えはなく、手ぶらで店を後にすることも多かったのですが、あくる日「あ!」という欲しい本が時々一冊だけ紛れ込んでいたり、店外の均一棚からはやはり沢山の良書を買わせてもらうこともしばしばでした。

 

「この本、お願いします。」と本の山に埋もれた帳場に声をかけると、本と本の隙間から「どーもどーも…」と蚊の鳴くような声でゆらりと立ち上がった店主の力無げな眼差しは、毎回私の顔でなく私が手に持つ本達に真っ直ぐ注がれていたのでした。愛想笑いの一つもない、そんな様子の店主を見る度に私は不快感は一切感じず、むしろこれぞ古本屋店主の鏡だ!という不思議な満足感に浸っておりました。

 

日によって50代?80代?に見えたりする年齢不詳のC店店主はまさに“霞を食って生きている仙人”のような風貌で、常に無表情で決して社交的な雰囲気でなく人間嫌いな感じで、でも尖っていない緩やかで穏やかな空気を纏っていました。何度店を訪れてもいらっしゃいませという言葉すらも発しないこの寡黙な店主のことが私はなんだか好きでした。

 

この人は一体どんな人生を歩んで来たのだろう。どうして古本屋になったのだろう。こんな商売っ気の無さでどうやって生活しているんだろう。一切無駄な言葉を交わすことの無い、そんな店主への興味を密かに胸に仕舞いながら、奈良で過ごした7年の間、来る日も来る日も時間さえあれば店に足を運んでいました。その後、当時勤めていた会社の事情で地元福岡に戻る事となり私のC店通いは突如幕を閉じたのでした。

 

それから数年の月日が経った頃、関西に訪れる機会を得た私はふいに懐かしい気分に駆られ奈良方面へと向かう電車に乗り込んでいました。目的は勿論C店です。しかしまだあの古本屋は残っているのだろうか…。一握りの不安を抱えながら下車した私を出迎えてくれたのはかつての見慣れた景色でなく近代的な建物が並び煌びやかに変貌した駅前の様子でした。愕然としつつ足早に大通りを抜け、ドキドキしながら横道に入ると遠巻きに見えてきたのはあの薄緑のテントでした。おまけに店主が相変わらずな様子で均一本を棚に並べている最中ではないですか。もう午後をゆうに回っているというのに。そう、C店は全く変わらない様子で健在でした。

 

安堵感と嬉しさを静かに抑えながら作業中の店主に軽く会釈して早速店に足を踏み入れると、当時飽きるほどに眺めていた店内の棚、そこに居る本達は所々変化はあるものの、ほとんど変わっていませんでした。長い月日を経て尚、変わらずその場所に佇む背表紙達の姿には石仏を連想させる感慨深いものがありました。これまでの空白の時間を埋めるように、しっかり丹念にじっくり棚を見ていきました。

 

ふと一冊の詩集が目に留まり手に取りページをめくると、心惹かれる詩ばかりが綴られていました。昔は何とも思わず素通りしていた一冊が、今の自分には大変胸に響く言葉が詰め込まれた魅惑的な一冊に映るというのがなんとも不思議です。自分がその一冊に触れるに相応しい古本時間と古本経験を積んだように思えて、とても誇らしい気持ちになりました。

 

会計の際、向き合った店主の顔は店の古本達同様に当時のままで、十数年前に初めて見た時から全く変わっていないその姿形に〝この人はやはり仙人なのではないだろうか〟と私は静かに驚きながら店主に代金を渡しました。すると思いもかけない事が起こったのです。 「お元気にされてましたか」と私の顔を見つめながら店主の口からポツリと放たれた一言。まさか自分の事を覚えてくれていたという想定外の事態に驚くやら嬉しいやらで狼狽えてしまった私は咄嗟に「はい!元気でした!」という腕白小学生のような返事しか出来ませんでした。

 

小さく頷いた店主はそれ以上何も話さず本を入れたビニール袋を黙って差し出し、私は静かにお辞儀をして店の外へ出ました。そしてC店が見えなくなるまで何度も何度も振り向きながらまた来た道を戻って行きました。それは、側から見るとおよそ会話というにはあまりにも短いものでしたが、数十年の年月をかけて実現した私と店主のたった一瞬の会話だったのでした。

 

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カラサキ・アユミ

1988年福岡県に生まれる。幼少期よりお小遣いを古本に投資して過ごす。

奈良大学文化財学科を卒業後、(株)コム・デ・ギャルソンに入社。

7年間販売を学んだ後に退職。

より一層濃く楽しい古本道を歩むべく血気盛んな現在である。

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