コラム

2020.03.17

コラム

カラサキ・アユミ 古本奇譚 第3回 「愛に溢れた悪口」

 

初めて訪れた街を当てもなく闇雲に散策するのは大変楽しいものです。おまけにその最中に古本屋を見つけようものなら、天にも昇るような気分になります。今回はそのようにしてある日偶然出会ったM書店で遭遇した出来事を書きたいと思います。

 

この店は駅前からだいぶ離れた寂れたシャッター商店街の中にポツンとありました。「こんにちわぁ…」と緊張しながらドアをガラガラ…と開けると目の前に広がる床から天井近くまで積み上げられた本、本、本。棚にはひしめき合うように並ぶ背表紙達。そう広くはない空間で、奥の方は膨大な量の本で影になり店内の蛍光灯の光が届かず薄暗くなっていました。まさに小さな古本洞窟と呼ぶに相応しい情景でした。やがてどこからともなく微かに聞こえてきた姿なき店主の「…っしゃいませぇ」の甲高い声。既に未知なる出会いに期待で胸を膨らませていた私は声の出所を気にすることもなく本達に吸い込まれるように漁書に没頭し始めたのでした。

 

随所に積まれた本達によって自然と形成された店内の獣道の如き道なき道を手探り状態で歩きつつ、雪崩を起こさぬように身をくねらせたりひねったりしながら丹念に本を吟味すること小一時間。ある俳人の句集を一番上に乗せ数冊の本達を手に満足の境地に至った私は、その時点でようやく、店主の存在を認識したのでした。

 

店内入口付近、要塞の如き本タワーの壁に守られた帳場にその店主は居ました。年齢は50代〜60代、ポマードヘアの黒髪短髪に黒縁眼鏡、寒色のチェック柄ネルシャツに暖色のチェック柄ニットベスト(手編み? 可愛い)、パンタロン風ズボンから覗く華やかなアーガイル柄ソックス、そして足元は健康サンダル。

 

パイプ椅子に座った店主は本を手にした私の姿を見た途端に開口一番「うそぉ、欲しい本あったの?」の発言。その目は子犬のようにクリクリしていました。強烈なインパクトをナチュラルに放つこの店主を一目見て(色んな意味で)只者ではない…! そう私の第六感がざわめいたのでした。

 

(※ここから以降の店主の会話はテープレコーダーで全て録音しておけば良かった…!! そう後で残念に思うほどに盛り沢山かつ濃厚で珍奇なものでした。)

 

続いて私が手に持った句集のタイトルに視線を移すなり「おたく、この人好きなの? やめときなよ。ヒドい奴だよコイツは」と鼻でフンッ。これまで古本屋で店主から古本を買うのを反対された経験がなかった私にはかなりセンセーショナルなコメントでした。

 

戸惑いながらも「えぇ、まぁ…。でも、作品の雰囲気が好…」と返答する私の言葉を覆いかぶせる勢いで「あのね、金持ちには同情アピールして情けをかけてもらって飯を食わせてもらったり、貧乏人にはしつこくたかって巧妙に巻き上げた金で酒を呑みまくっていたり、ロクでもない人間だったんだよコイツは!」「俺からしたら絶対友達にはしたくないタイプだね」「むっつりスケベでね、放浪中に旅籠屋でおかしな真似をしやがってさ」等々、100年近く前に没したこの俳人の生前の悪態の様子をすぐ側で見てきたかのように話す店主の口調が可笑しくて俄然興味が湧いた私はもうしばらく話を聞いてみることにしました。やがて悪口と一口に言っても店主から弾丸のように放たれるその凄まじい情報量にただただ驚きの連続でした。句集の巻末に記された著者経歴年表を読む必要がない程に。

 

「そんでね、市が張り切って町興しの一環で高い金かけて記念館なんか作っちゃったけどさ、去年までは入館料取ってたけど所縁の地なのに地元民には全く人気ないもんだから今年から無料になったんだぜ! ま、俺なんかはタダでも行く気はないけどね! ハハハハハ!」これでもかと言わんばかりの店主の毒舌をここまで聞くといよいよ本格的に楽しくなってきた私でした。今自分が立っている古本屋の空間がまるで落語の寄席と化したような気分でした。

 

こんなに嬉しそうに、そして呼吸をするように悪口を豪快に明るく話す人にこれまで出会ったことがありませんでしたし、不思議と悪口であっても不快に感じなかったのは、ふんだんに話の中に織り交ぜられた店主のユーモアエッセンスが際立っていたからだと思います。そこにはもはやその俳人への愛すら感じられました。店主の話を聞いている内にこれまで私が何となく思い描いていた人物像とはまた異なった新たな人間像が浮かび上がってきていました。そしてより一層この俳人に興味が湧き起こってきたのでした。こうした新鮮な知識や情報を得ることが出来るのも人から直接物を買う醍醐味だなぁなんてしみじみしました。

 

さて、そろそろ店主の悪口小話が佳境に入った頃、冷静になって改めて辺りを観察してみると、店主の机上に積み上げられた不思議なくらい絶妙なバランスでそびえ立つ古本達。本当にとんでもない冊数で、机から生えたような幾つもの古本タワー達を見上げながら「ピサの斜塔だ…」と私は唖然としました。値付け待ちの本達なのか、売るにも置き場所がなく取り敢えず積んでいるだけなのか。

 

そのピサの斜塔ならぬ古本タワーの下方に、なにやら面白げなタイトルの背表紙が顔を覗かせていました。とても気になる…是非手にとって中身を見てみたい、そんな気持ちに駆られました。が、私の猛烈な心情など御構いなしに未だエンジン全開の店主、俳人殿の話題に夢中の様子。私がいくら「あぁ…この本、気になるなぁ…、見てみたいなぁ…」とさり気なくボディーランゲージを以ってアピールするも見事にスルーの一途。恐らく店主からすると、この積み上げた本を退かせたり取り出したりするのは面倒臭い行為なのでしょう。その空気を何とはなく察した私は強行突破して自らの手でタワーの解体を行う気も起こらず、諦めて再び話を聞く姿勢に戻りました。それにしてもこんなに本を売ることに執着しない古本屋店主、なかなか居ないのではないでしょうか。

 

30分程時間が経ちました。さぁやっと会計の準備をしてくれるようです。「えぇ〜っと…あれ? これ値段書いてねぇや、ンん〜?」と本を右から左へとパラパラと四苦八苦している店主に「あのぅ…ここ、見返しのところに800円って書いてありますよ、ほら…」と指し示すと「ホントだわ、俺ちゃんと値段書いてたんだなぁ、それにしてもうちにこんな本あったけ、フハハハ」つられて私も「ハハハ…」

 

「あ〜あ、俺計算苦手なんだよなぁ…。えっと、300足す500は…」目の前に置かれている電卓を使えば良いのになぜか苦悶の表情で宙を仰ぎながら暗算し始める店主。その姿はまるで演奏中の指揮者のようでした。結果導き出された合計金額が予想通り間違っていたので「おたく損してまっせ!」と私は心の中で静かに関西弁でツッコミを入れながら再度一冊一冊店主に丁寧に確認しながら正しい金額を出してあげたのでした。お金を差し出してお釣りを貰ってハイお終い…のはずが今度はお釣りが少ないのです。2100円の会計金額に対し3000円を渡した後、店主が私に手渡してきたのは百円玉一枚のみ。その後尚も繰り広げられる店主の小話。これは長期戦になるであろう…百円玉をギュッと握りしめ、そう覚悟した私は話を聞きながらも店主の微かな挙動に注意を払うようにしました。しばらくして店主が息継ぎのためにほんの一瞬一区切りした刹那をすかさず見計らって「あのぅ…900円のお釣りですよね? 残りは…?」と伝えると「え…? おっといけねぇ! おれ頭が悪いから計算できないんだわ! ハハハハハ、あやうく俺もアイツ(例の俳人)と同じになるとこだった! 人から金むしり取るところだったわウハハハハ!!」眼鏡のレンズ越しには店主の無邪気なクリクリ眼。これまでの会話の締めに相応しい返答でした。

 

もう私はこの見事な大喜利に抱腹絶倒してしまったのでした。

店主は「ハイ、もう大出血サービスしちゃうよ。また来てね」と、ケラケラ笑いながら五百円玉を二枚差し出してきました。

 

店を出た後、人っ子ひとり歩いていない商店街の真ん中を本を抱え歩きながら「あぁ、つくづく…古本屋での買い物って…たっのしい!」とクックッと肩を揺らせたのでした。

 

 

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カラサキ・アユミ

1988年福岡県に生まれる。幼少期よりお小遣いを古本に投資して過ごす。

奈良大学文化財学科を卒業後、(株)コム・デ・ギャルソンに入社。

7年間販売を学んだ後に退職。

より一層濃く楽しい古本道を歩むべく血気盛んな現在である。

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