コラム

2020.03.21

コラム

「フルホン村の住民」 第3回「買取と値付け」

東京古書組合が結成されて今年で100周年。

「東京古書組合100年史」の編纂に携わる盛林堂書房の小野純一さんは、1970年から90年代半ばまでの業界紙を調べる中で、ある事実に驚いた。古本屋の全盛期とも言えるあの時代に、「仕入れ」の話がほとんど出てこないのだ。

「実は私自身も、周りの先輩たちがどういうふうに本を仕入れてきたのか、よくわからないんです」

同業者が顔を合わせる市場ならまだしも、それぞれの店で繰り広げられる買取となると実態はブラックボックスの中。小野さんは何を語ってくれるだろうか。
古本好きが暮らす“フルホン村”の現地調査について報告する本連載。今回は買取と値付けの内幕に迫る。

(取材・文/高橋伸城)

 

帳場で作業をする小野さん

 

あるSF作家の蔵書整理

買取には三種類ある。依頼者の自宅へ出向く出張買取と、店に発送してもらう宅配買取、そして現物を店に持ち込んでもらう店頭買取だ。
盛林堂書房で特に力を入れている出張買取は、入ってくる冊数が多い反面、いくつかのリスクをはらむ。まず、店を空けなければならない。現場への移動や本の片付けなど、時間やコストも余分にかかる。それでいて、仕入れたいものがあるとは限らないのだ。
いい買取先を見つけるのに苦労しているのは、どの古本屋も同じ。では、盛林堂書房の棚はなぜかくも充実しているのか。

二代目を継いだ小野さんは、山岳が専門であった先代の店を、徐々にSFやミステリーの本で塗り替えていった。興味のおもむくまま、コミュニティや研究会にもよく顔を出す。コレクターやライター、編集者たちとのつながりが強いのもそのためだ。

2019年1月4日、ひとりの作家が亡くなった。「横田順彌」と聞けばその界隈では知らない人はいない。奇想天外なSF小説から硬派な明治文化研究まで、何でもこなす書きっぷりは江戸期の戯作者を思わせる。
蔵書家としても知られる横田さんの本棚を整理したのが、小野さんだった。

「半分、私の師匠みたいな人だったんです。ご自宅には膨大な量の本があったので、10年くらいかけてじっくり整理していきましょうと二人で話していたところでした」

2万冊をゆうに超える宝の山。できることならすべてを引き取りたかったが、買取金額と在庫の関係で、市場に流れたものも多い。そのコレクションの一部は、盛林堂書房の棚を飾っている。

横田順彌氏の蔵書整理で買い取った本が並ぶ

出張買取の一部始終

この店にいい本が集まる理由は他にもある。それを明らかにするため、実際に出張買取へ行く小野さんの動きを追っていきたい。

①聞き取り
電話などで買取依頼があると、まずは徹底して情報を引き出す。棚はいくつあるのか。大きさはどのくらいか。並んでいるのは文庫か単行本か。本はどれだけの密度で詰まっているのか。
お客さんに質問を投げかけることで、現場にある本の冊数と品質について見当をつけるのだ。
状況を聞く段階で、無下に断ることはほとんどないと小野さんは言う。

「買い取れるかどうかの基準は、店に持って帰ってきて100円で売ったときに、気持ちよくお買い求めいただけるかどうかです。それが電話口でわからない場合は、車を出してでも下見にお伺いします。もしかしたら貴重な本が眠っているかもしれないので」

当然、棚を見たうえで買い取れないと判断することはあるそうだ。いずれにしても、ひとまずは現場へと足を運ぶ姿勢に、信頼の秘密はあるのだろう。

②スケジュール調整
次に日取りだ。依頼された本をすべて片付けるのにどれくらいの時間がかかるのかを計算する。
所要時間に関わるのが、査定をその場で行うかどうかの判断。これは本の冊数で見極める。2000冊を超える場合は、いったん店に持ち帰ってから査定することもあるそうだ。
その他、本を縛ったり移動させたりする時間も必要になる。
そして忘れてはならないのが、お客さんの質問に答える時間。

「査定してそれで終わりではないんです。これはいくらだったのかとか、どれが一番高かったのかとか、お客様からどんどん質問が飛んでくる。売ってくださる方の疑問にできる限り真摯にお答えするのも私の役目です」

こうした細かな要素をすべて勘案したうえで、作業を1日で終えるのか、2日以上かけるのか、また時刻は何時に入って何時に出るのかを決める。
自宅にあがっている間はどうしてもお客さんを拘束してしまうことを考慮すれば、夕飯の買い出しに行くと思われる午後4時から5時には退散するのが理想だ。

③買取作業
当日、現場につくと小野さんは本棚を端から見ていく。古本屋に関わる仕事の中で「一番楽しい」と語る至福のときも束の間、脳のスイッチが“査定用”に切り替わる。

「どんな筋(文脈)で本が読まれてきたのかに注目します。ミステリーであれば海外の作品が多いとか、この年代がそろっているということは、それ以降のものはあまりないだろうなとか」

聞き取り時点での予測と実情の誤差を埋めたら、仕分けに移る。店頭の均一棚で使いたい本、店内に並べたい本などに素早く分けながら、束にして縛っていく。
分量が許すようであれば、このときに査定もしてしまう。ただし、スマホなどでいちいち相場を調べたりはしない。

「市場に出入りしていると、たとえ取り扱ったことのない本だとしても、いくらぐらいで買えばたぶん大丈夫だろう、というラインが大体わかるようになります。そのことをふまえながら、珍しい本は1冊ずつ査定しますが、それ以外であれば全体のバランスを考えてジャンルごとに、もしくはすべてまとめて査定したりします」

 

値付けの正解とは?

出張買取から戻ってくると、今度は売り値を付けていく。このとき小野さんは、査定のやり方とは一見矛盾した行動に出る。

「ネットなどを使って確認できるものは、一通り調べます。基本、自分の記憶やセンスを信じてないので」

蘭郁二郎の稀覯本『夢鬼』(盛林堂書房創業70周年の際に他店と合同で刊行した目録より)

 

経験にもとづいて現場で手際よく査定しながら、自分の勘を過信しない。あとできちんと答え合わせするのだ。そこに大きな誤りが見つかることはほとんどない。
万が一、査定額と売り値に大きく隔たりが出た場合には、あとからお客さんに連絡を取って差額を払ったり、定期的に訪問する買取先であれば次回の分に上乗せしたりする。

「もし自分がお客様の立場だったら、そうされて嫌な気持ちはしないと思ったんです。価値に見合った金額をお支払いしておけば、自分自身も気が楽ですし、それがきっかけで別のお客様を紹介していただくこともあります」

ミステリーの稀覯本(珍しい本)になると、情報は極端に限られてくる。そんなときに助けになるのが、専門店の古書目録だ。いつも手元に置いて、値付けの勉強のために何度も見返す。ページの端は黒くすすけていた。

「古本の価格で面白いのは、ある本がうちでは10万円、神保町のとあるお店では20万円の値だとすると、あえて後者で買う人もいるんです。これから育てていきたいのは、そういったブランド価値、値段に対する信用性です」

帳場の本棚には、蘭郁二郎の『夢鬼(むき)』という小説の初版が並んでいる。値付けをするのに2ヶ月以上、悩みに悩んだ。出した答えは85万円。

「とことん調べたら、最終的にはその本をいくらで売りたいかで値段を決めます。大事なのは、価格について聞かれたときにちゃんと根拠を説明できるかどうかです」

いくつもの不確定要素が複雑にからみあう買取と値付け。ブラックボックスの片隅にほのかに浮かび上がったのは、経験とデータをその場で組み合わせていく小野さんの妙技だった。