2020.01.16
コラム
古本に魅せられた人たちが行き交うフルホン村。その拠点となるのが古本屋だ。
盛林堂書房(西荻窪)で行ったフィールドワークについて報告する本連載。
今回は、古本屋が事業として成り立つ仕組みを探った。
店主の小野純一さんはどのようにして自分の店を営んできたのか。
そこには古本屋ならではの苦労と工夫があった。
(取材・文/高橋伸城)
盛林堂書房の先代が亡くなったのは2004年のこと。
一代限りで店をたたむという方針でやってきたため、明確な後継者はいなかった。
50年以上にわたってフルホン村の人々に愛されてきたこの看板。
そうやすやすと下ろすわけにはいかなかった。
では、誰に任せたらいいのか。白羽の矢が立ったのは先代の孫。
幼い頃からよく仕事場に遊びに来ていた小野純一さんだった。
「1ヶ月だけ店を閉めて家族で話し合ったときに、『継いでみないか』と聞かれたので、『じゃあ、継ぐよ』とその場で返事しました」
ある日突然、古本屋の二代目店主になった小野さんには、どこかでじっくりと修行する時間の余裕はなかった。
昔の思い出をたどっても、祖父に教わったのは本のくくり方くらい。経営のノウハウなど、伝授されているはずもなかった。
ほとんど意識しないままフルホン村で育ってきた23歳の青年は、古本屋をどう維持し発展させるのかという問題に一から向き合うことになったのだ。
盛林堂書房の外観
小野さんが店を安定して営めるようになるまでの経緯を分析すると、自力と他力、両方をうまく活用していることがわかる。
自分自身の財産として比較的引き出しやすいのは経験だ。
教員を目指していたこともあり、大学卒業後の1年間、小野さんは都内のフリースクールで働いていた。
そこで実践されていたのは、子どもたちに機械的な暗記を促す代わりに、自ら問題を見つけ、その解決に取り組ませるという手法だった。
「従来の日本にはあまりなかった教育に携わることで、目標に近づくには何をどうすればいいのかを常に考える習慣が身につきました。なんだかんだ言って、それは今でも役に立っています」
未知のことについては、貪欲に学んだ。
店が静かなときには、帳場で経営学に関する本を開いた。
ピーター・ドラッカーの『マネジメント』など、硬派な専門書にも目を通したという。
アンテナを広く張りめぐらせ、状況に応じて “特効薬”を入れるように知識を吸収したのだ。
「今ある資金をもとに、どうしたらうまく回せるのかをひたすら考え、考えては行動に移してというのを繰り返しています。
正解なのかどうかは正直わかりません。
でも、好きなことをやりながらそれなりに利益も出ているので、これでいいのかなと思っているところです」
地道に積み重ねてきた経験を生かしながら、新たに学び続ける。それでも行き詰まったときに小野さんを支えたのは、人とのつながりであった。
店を継いでまだ間もない頃、同業者に誘われて初めて古書組合の市場へ。
自己紹介すると、「ああ、あの盛林堂書房の小野さんね」と言って、顔をほころばせる人が少なくなかった。
「先代に業務の手ほどきをしてもらったという話や、逆に引っ越しを手伝わされて苦労したという話を聞いて、当時の仕事っぷりが目に浮かぶようでした」
小野さん自身も、新たに織りなす人間模様の中で活路を開いている。
こんなことがあった。古本屋に限らず、実店舗の運営はどうしても天候の影響を受けやすい。
雨の日にあまり出歩きたがらないのは、フルホン村の村人も同じ。
日々、不可抗力に左右される店の経営に悩んでいた小野さんは、ある先輩に相談した。
いつになく真剣な表情で話を聞くと、その熟練の店主はこう言った。
「一日の売上に振り回されていたら体がもたないよ」と。
まずは1週間で収支を見る。それができたら今度は1ヶ月、次に四半期と、少しずつ長いスパンで数字を確認していったらどうかとアドバイスしてくれた。
それを実行した小野さんは、数年前から店の経理をすべて奥さんに任せている。
「先輩のあの言葉がなかったら、たぶん、今頃は胃に穴が開いていますね」
「盛林堂ミステリアス文庫」などが並ぶ本棚
小野さんが人との交流を大切にするのは、フルホン村の中だけではない。
地元の商店街の会合にも積極的に参加する。幅広い年齢層と、多様な業種。懇親会での何気ないやり取りの中に思わぬヒントが見つかることもあるそうだ。
盛林堂書房では、客と長話する小野さんの姿もよく見受けられる。
知らいない本について教えてくれる人もいれば、欲しかった資料を一緒に探してくれる人、実際に自らのコレクションを貸してくれる人もいる。
それだけではない。この帳場で交わされる会話の中から、イベントや書籍出版など、数多くの企画が生まれてきた。
店にやってくる村人もまた、貴重な情報網の一つなのだ。
「古本屋は人のネットワークでできていると思います。私がなんとかここまでやってこれたのも、お客様や諸先輩方にいろいろ教えていただいたおかげです」
そう語る小野さんの声には、実感がこもっていた。
ただでさえ一筋縄ではいかない実店舗の経営。中でも古本屋に特有の難しさは「仕入れ」にあると小野さんは言う。
在庫がある限り、それを売る選択肢はいくつか残されている。
店で売れなければ、市場へ持っていくこともできる。「古本祭り」などの催事を利用してもいい。
Amazonやヤフオクといったネット販売のほうが向いている本もあることだろう。
店の看板商品であるミステリー本とSF本
ところが古書の仕入れとなると、欲しいタイミングで欲しい商品を継続的に提供してくれる取引先など、ほとんどないに等しい。
オーダーをすれば望んだ通りのものが届く新刊書店と違い、古本屋は客から買い取ったり、市場で入札したりしなければならない。
しかも、その中に狙っていたタイトルがあるとは限らないのだ。
「店内に一定数以上の本が常にそろっている。よく来てくださるお客様からしてみれば、それが当たり前ですよね。
でも、自分の店にふさわしい商品を常に準備し続けるのって、すごく大変なんです」
とすると、古本屋を長く続ける要諦は少なくとも二つありそうだ。
一つは、必要な本が自分のもとに届くような“流れ”をつくること。
そしてもう一つは、金銭的にも、容量的にも、その“流れ”を受け止められるような態勢を整えておくこと。
「古本屋が必死に宣伝するのは、本を売るためというよりも、本を売ってほしいからなんですよね。
お客様から売ってもらわないと、そもそも商売として成り立たないんです」
小野さんが地道な努力で経営の基盤を整えたとき、先代から受け継いだ老舗は自然と新たな色彩に染まっていた。
棚に並ぶ本も、ほとんどすべてが入れ替わった。
「ミステリーやSFと言えば盛林堂書房。そう言ってもらえるように、買取にも今以上に力を入れたいし、それを効率よく受け止めるやり方も模索していきます」
創業100周年を迎える2049年に向けて、まだまだ続く小野さんの飽くなき追求。
それは同時に、どうやって古本の仕入れを充実させ、持続させるのかという“永遠の課題”への挑戦でもある。
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