コラム

2019.11.11

コラム

フルホン村の住民 第1回「古本屋の一日」

東の海に浮かぶ小さな島国。そこには、古本をこよなく愛する人々の共同体がある。

 

その名も、フルホン村

 

誰もが一度は見たり聞いたりしたことがあるこの村について、詳しく知る者は決して多くない。

 

村人たちはどんな生活を送り、なぜ古本にのめり込むのか――。その実態に迫ろうと、村の要所である古本屋に足を運んだ。

 

西荻窪にある盛林堂書房。店主の小野純一さん(38歳)は、祖父亡きあとに古本屋を継いだ二代目にあたる。

 

店主の小野さん

 

幼い頃からずっとフルホン村で暮らしてきた生粋の村人だ。

 

これから数回にわたって連載するのは、フルホン村に関するフィールドワークの記録である。

 

はじめに、古本屋店主の一日の過ごし方について報告する。

 

(取材・文/高橋伸城)

 

 

今日の“風景”を届ける

10坪ほどの面積。縦長の形。店内の両辺と中央に列する棚。

 

盛林堂書房のつくりは、この村に古くからある「古本屋」の典型である。

 

一番奥の帳場には、店主の小野さんが座る。

 

 

しかし、ひとりで何もかも切り盛りしているわけではない。

 

トイレにも行く。ご飯も食べる。休憩もほしい。

 

古本屋の仕事をまっとうするために席を立たなければならないことも度々。

 

 

そんな店主をそばで支えるのが、奥さんだ。

 

一日の始まりと終わりにはお母さんも手伝いに来る。

 

「たとえ私がその場にいなくても、店として機能するようにしています」

 

家族で助け合いながら経営する。これもまた、昔ながらの古本屋のカタチであろう。

 

 

開店時間は午前11時。

 

小野さんは奥さんと一緒に30分前に店に入る。

 

「でも、前の日に深酒なんかしていると到着がギリギリになることもあります(笑)」

 

この店主は正直だ。

 

 

何をするにしても、今やインターネットは欠かせない。それはフルホン村の人々も同じ。

 

小野さんの一日も、メールの確認から始まる。

 

その間、奥さんは出勤してきたお母さんと手分けして、店内の棚を見回し、必要なときは本を補充する。

 

 

とっておきの秘宝をそろえる店の内側とは別に、古本屋にはもうひとつ、大事な顔がある。店頭の棚だ。

 

そこには廉価な本が並ぶ。

 

一律100円の山の中で思わぬ逸品と出会い、フルホン村に仲間入りした人も少なくない。

 

 

店頭の棚は、開店と閉店に合わせて毎回、出し入れする。

 

本もそのたびに別の箱に戻される。そうでもしないと棚が重くて動かないのだ。

 

とてもやっかいな工程である。

 

 

しかし、小野さんはこの作業の煩わしさを逆手に取って、日々、本の並びが変わるようにした。

 

「毎日いらっしゃる方にも、違う“風景”が見えるようにと心がけています」

 

 

さらに、店頭の棚の本は、週に1回、総入れ替えをする。

 

フルホン村の人々を楽しませるため、これでもかと工夫を重ねる。

 

 

一連の流れから明らかなのは、古本屋には力仕事の側面があるということだろう。

 

実は、小野さん本人も左手首に慢性的な痛みを抱えている。

 

「店の準備に関しては、妻と母にできるだけ任せて、私は半分サボっています(笑)」

 

それは、“いざ”というときに動けるようにするためでもある。

 

 

 

棚から飛び出た本

店が開いてからも、小野さんと奥さんは帳場の番をするだけでなく、時間を見つけてはあれこれと手を動かしている。

 

特に盛林堂書房では、仕入れた本を商品にするまでに少し余計に時間がかかる。

 

 

汚れを取り除く。傷みや抜けているページがないか点検する。

 

どの古本屋でも行っているそれらの作業に加え、1冊1冊にパラフィン紙やOPP(ポリプロピレンのフィルム)のカバーをかけていくのだ。

 

カバーがかけられた商品

 

高価な本ばかりではない。

 

比較的入手しやすい文庫のシリーズに至るまで、半透明の薄紙に包まれている。

 

どこかの新刊書店に初めて置かれたとき以上に大事に扱われて、本はここで商品として“再生”する。

 

 

昼食は、10分ほどでササッと済ませる。

 

午後3時頃。小野さんはおもむろに帳場から立ち上がって、店内の棚の前に。

 

「うちの棚を見ると、本が棚板の縁から1センチくらい突き出ていませんか? これ、先代からのやり方なんですよ」

 

 

余程大きなサイズでもない限り、本を棚の奥まで入れるとちゃんと収まるはず。

 

ところが盛林堂書房では、ほとんどすべての本が棚板の縁から少しはみ出ている。

 

つまり、奥行きに余裕をもたせ、わざと棚の手前側に本を並べているのだ。

 

 

店にやってきた人が気になる本を手に取って、パラパラとめくりまた同じ場所へ戻す。

 

このとき、日頃の習性からついつい棚の奥まで入れてしまう。すると、その部分だけくぼんで見える。

 

「こうしておくと、一度は誰かの興味を惹きながらも戻された本がひと目でわかるんです」

 

把握しづらい本の動きを可視化して分析する。生き生きとした本棚を保つ秘訣がここにある。

 

 

そのほか、商店街の会議にも顔を出せば、「神田古本まつり」などの催事にも参加する小野さん。

 

自ら企画を立てて、本をつくったりもする。

 

そうした作業も、店番の合間にしているのだ。

 

 

 

仕事はどこで終わるか

盛林堂書房が閉店するのは午後6時半。

 

少し早いようにも思えるこの時間設定にも、きちんとした理由がある。

 

「この商店街は、午後7時を過ぎると人が全然歩かなくなってしまうんです」

一見普通の本棚に見えるが……。棚板の縁から1㎝ほどはみ出す本

 

 

先代の頃は違った。夜の11時半まで店を開けていた時期もあるそうだ。

 

近くには銭湯があって、一風呂浴びた人がフラフラと店に寄って本を買っていくことも珍しくなかった。

 

 

時代が移ろえば、本の需要も変わる。人の流れも変わる。

 

営業にかかる諸経費をまかない、利益を出すにはどれくらいの売上が必要なのか。

 

町の風向きを鋭敏に、冷静に感じ取りながら、ときに思い切った決断をする。これもまた、古本屋に求められる重要な資質なのかもしれない。

 

 

再びお母さんの手を借り、30分ほどで閉店作業を済ませる。

 

さて、これで小野さんと奥さんの一日も終わり……。と言いたいところだが、なかなかそうはいかない。

 

「基本的に、あまり残業はしないようにしています。ただそれでも、毎週なぜかそうせざるを得ない状況になってしまうんです」

 

場合によっては、深夜まで仕事することもあるそうだ。

 

 

「逆に、遊びたい日には、あらかじめ映画館なんかの予約を取っておいて、絶対に残業はしないと決めて行きます(笑)」

 

小野さんは大の映画好き。アニメや特撮、SFなど、年間80本は見る。

 

一方、アートに詳しい奥さんは美術館に足繁く通う。

 

 

もちろん、ふたりで一緒に出かけることもあれば、ひとりが羽を伸ばすためにもうひとりが店に残ることもある。

 

小野さんと奥さんの間には、夫婦として、またビジネスパートナーとして共に生きるうえで、理想的な関係が築かれていた。

 

 

当然、ここにあらましを記してきた一日の流れは、古本屋の仕事の一部でしかない。

 

例えば、盛林堂書房は月曜日を定休日としている。

 

「店は休みなのですが、何かしらの理由で動いているというのが正直なところです。私も妻も、家でゴロゴロするようなことはほとんどありません」

 

ただでさえ忙しい毎日。

 

休日には夫婦そろって一体何をやっているのだろうか。

 

また、小野さんが「一番楽しい」と思わず顔をほころばせる作業も、今回の記録には含まれていない。

 

“いざ”と期待に早まる足取りで、店の外へ出向くとき。古本屋の本領が発揮されるその様子については、回を改めて報告する。

 

盛林堂書房について