2020.11.12
コラム
「ムムム…またこのテの話かぁ…」
ある日突然掛かってきた見知らぬ番号からの電話に応対をしながら私は胸の中で呟いた。
先日、とあるテレビのローカルバラエティ番組の取材を受けた。
内容は〝今回も〟昭和のエロ本にスポットを当てたもの。
〝今回も〟と書いたのには理由がある。
私は昭和のお色気雑誌(昭和10年代〜50年代に刊行された、露骨な卑猥さが感じられないものに限定して)を収集しており、気が付けばその数は数千冊にのぼる。専門的に研究しているわけでも、何かしらの意義や志があるわけでもない。アート性が強い写真にユーモア溢れる誌面構成。デジタルでは醸せない手書き文字の力強さ。「ただ、なんとなく面白そうだったから…」「古本屋で安く見つけたからなんとなく…」といったかなり適当な動機で買い集めてきた。これはお色気雑誌に限らず、いかなる古本を買う際にも共通の感覚でもある。
数年前にひょんなきっかけでご縁をいただき、地元のギャラリーでコレクション展を開催することになった。色彩豊かな昭和のエロ本達を壁一面に陳列して一般の方々に無料で閲覧していただくという物珍しい企画内容だったこともあり予想以上に大盛況を博したのであった。
このイベントの後に様々な取材を受けることが少なからずあり、中でも多かったのがテレビ取材(主にバラエティ番組)だった。最初の頃は自分が密かに楽しいと感じていたことを誰かと共有できる嬉しさや、古本というユニークな面白い世界があることを知ってもらえるささやかなきっかけになればとの思い、さらには少し浮かれていた部分もあって、私はほとんど何も考えず二つ返事で取材を受けていたのであった。
が、取材中に度々感じた噛み合わないような違和感。そして取材後に放送された番組を見た時の「なんだか…これは違う…」と湧き上がった不快な気持ち。
そう、メディアというのは私が想像していたようなそんな単純明快なものではなかったのである。取材の趣旨として提案された「古本をはじめ、こうした昭和に発行された雑誌の面白さを貴方を通して是非紹介させていただきたい!」というのはあくまで建前。実際のところは私が伝えたい意思なんてひとまず横に置かれ、誤解を招くような表現も視聴者にウケそうだと判断された場合は使用され、まるで「得体の知れない物を集めている変わり者」のように編集されるわけだ。結果的に私はただの古本収集が趣味の一般人にも関わらず「エロが大好きな日本屈指の好色エロ本コレクターの女」という想定外の極端なレッテルを貼られて紹介されたのであった(お陰で出演後は初対面の人のみならず、知り合いでも偏ったイメージを持って接してくる人がいて四苦八苦するケースも増えた)。
テレビは視聴者の興味を惹きつけてナンボの世界。妙齢の女性が大量の古いエロ本を好んで収集しているとなれば、確かに、テレビ的には面白おかしく仕立て上げるのに好都合なのかもしれない…。後になって、少し考えてみればわかるそんなことに気づいたのだ。
自らピエロ役を買って出た自分…。あぁ、私はなんて世間知らずだったのだろう…。
こうしたほろ苦い経験を何度か経て、ようやく少し賢くなったというか、ひねくれ者になってしまった私は、いつしかテレビをネガティブなイメージで捉えるようになってしまったのである。
そんな訳で今回の取材の返事も自分のなかではすぐに決まっていた。内心では「どうせこれまでと同様の類でしょ」と思いつつも、表向きは丁重に断りの返答を述べたのである。がしかし…。
「あくまでエロ本を切り口に紹介するだけで、必ずメインは古本の魅力という部分に繋げるよう編集しますので! ご協力いただけませんか!?」
引き下がってなるものかと向こうも必死である。電話口のディレクター氏の誠意のこもった口調にこれまでの取材陣とは異なった熱意を感じ取った私は、しばらく先方の話を聞きながら次第に「まぁこれも最後の記念だ。どうせネタにされるんだったらこれを逆手に取ってメディアというものを再度冷静に自分の眼で観察してやろうじゃないか」と開き直っていたのであった。
取材を承諾してから打ち合わせ、撮影、放送まで膨大な時間と労力が注がれた。しかし、結果としては今回の取材もこれまでと同様の印象で終わった。
放送時間の尺の関係もあり、やはりこれまでと大差のないエロ本がメインとなった構成。ただ、これについては「扱う物がエロという要素を含む限り仕方がないことだ…」と想定内だったのでさほど感情は揺れ動かなかった。
とはいえ、「自分なりに古本の魅力をわかりやすく伝えられたら…」と微かに抱いていた期待は儚くも散ったのであった。なんせ古本について熱く語ったシーンは全カットされていたのである。やはり、これぞテレビよのぅ…。
だがその一方で、取材スタッフや撮影クルー、そして出演するタレント陣の本に対する個々の目線を裏側から観察するにはまたとない面白い機会にはなった。
大量の本が置かれた私の部屋に入るなり「ゲッ」というあからさまに怪訝な表情を浮かべる人。「別に興味ない」と無表情の人。「この本は番組の進行に使えそうだな」と目をギラギラさせながら私のコレクションをまるで小道具のように無造作に取り扱う人。
撮影の合間の長い待機時間。沈黙に耐えかねた私は、近くにいたスタッフさんに「本とかって普段から読まれますか?」と何気ない質問を投げかけた。
「いや、読まないっすね。ネットで大抵の情報は分かるんで」と素っ気ない返事。「キィィィィ!!」と心の中で歯軋りしながら一瞬で会話が終了した。
我が家にいるにもかかわらずまるで敵陣にいる捕虜のような心持ちで撮影が終わるまでの数時間を過ごしたのであった。
番組の放送日、机一面に広げた昭和のエロ雑誌の映像が映し出された途端に表情が固まるタレント陣の顔を確認して、「そうか、普通はみんなこういうリアクションをするもんなんだな」と、自分にとっての宝物は他者からすればただの物という事実に改めて気づかされた。なかなか新鮮であった。
ちなみに過去のギャラリー展示での際に来場されたお客さんのほとんどは、もともとサブカルチャーや本に対して親しみや興味がある人達ばかりであったためか、このような異質な空気を感じ取ることはなかったのである。
撮影が終盤に差し掛かった頃、「こういう本(エロ本)が好きってことは集めている本人ももちろんそーゆーことですよねぇ〜?(笑)」と、過去に何度聞かれたかわからないありきたりな質問を某男性タレントから投げかけられた。内心ウンザリしつつ「さぁ、考えたこともありません」と真顔で言い放った後に流れた一瞬の沈黙。これはカットされて悔しかったシーンの一つだった。
古本趣味とは、マイノリティの世界だからこそ楽しいんだ! 改めて、そう思わずにはいられない体験となった。
ある古本屋の片隅で人生で初めて埃まみれの昭和のお色気雑誌と出合った時のこと。会計時に目を輝かせながらその雑誌を差し出す私を見た店主から「こんなもん欲しいの?」と言われた際に感じたあの高揚感。
他人から見ればゴミのごとき不要な物に対して、自らの審美眼で価値を見出すという喜び。自分だけが味わうことの出来る特別な幸せを見つけたような…。
そう、この奥深い魅力や面白さは分かる人にだけ分かるもので、よもや万人には分かるまい…。こうしたささくれた気持ちがさらに強化されて、この度のテレビ取材は幕を閉じたのであった。
そんなひねくれ者の私ではあったが、放送の後にディレクター氏から同日同時間帯に裏で放送されていた人気番組『月曜から夜ふかし』の視聴率を一瞬抜いたと聞かされた時には思わず顔がにやけてしまった。
好色エロ本コレクターがお茶の間を賑わす、なんともシュールな光景ではないか。
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カラサキ・アユミ
1988年福岡県に生まれる。幼少期よりお小遣いを古本に投資して過ごす。
奈良大学文化財学科を卒業後、(株)コム・デ・ギャルソンに入社。
7年間販売を学んだ後に退職。
より一層濃く楽しい古本道を歩むべく血気盛んな現在である。
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