あなたの本を未来へつなぐ
2019.09.24
古書店インタビュー
JR八王子駅から北に向かって歩くと、ほどなく甲州街道(国道20号)にぶつかる。
高橋良算(よしかず)さんがサラリーマンを辞めて、この道沿いに古書むしくい堂を開いたのは2017年3月のこと。
40代半ばにしての、大きな挑戦だった。
「どちらかというと、派手に表に出て、みんなと交流するタイプではありませんでした」
控えめに語る高橋さんのもとには、それでも毎日のようにおしゃべりをしにお客さんがやってくる。
茜色のテントの向こうから、今日はどんな声が漏れてくるだろうか。
── 以前、高橋さんはIT関連企業にお勤めだったようですが、何がきっかけで古本屋をやろうと思ったのですか?
高橋 2014年頃、ちょうど仕事を変えようか悩んでいる時期に、沖縄で小さな古本屋をやっている宇田智子さんの本を手に取りました。
ほんの何畳かしかないようなそのお店は、「市場の古本屋ウララ」という名前からわかるように、公設市場の目の前にあります。
転職して会社員を続けることしか念頭になかった私は、その本を読んで、急にピンときたんです。
もともと東京の新刊書店で働いていた宇田さんが沖縄で古本屋を開くことになった経緯を知って、こういう生き方もあるんだって。
そのときはまだ、まさか自分で本当にやるとは思っていなかったですけど。
店主の高橋良算さん
── いつ頃から本腰を入れて開店の準備を始めたんですか?
高橋: お店をやる場所を探し始めたのが2015年くらいからです。
私は当時、生まれ育った町田市を離れて、八王子市の南大沢に住んでいました。
最初は高円寺や西荻窪、吉祥寺、下北沢といった都心寄りの市街地を見て回ったのですが、
なかなか条件に合う物件がなかったのと、よく相談に乗ってもらっていた古本屋さんにアドバイスをいただいたんですね。
「自宅から電車通勤で1時間以上かかるような場所はやめたほうがいい」と。
そこで、調布や府中、国立、町田など、車で1時間以内の範囲に絞ることにしました。
段々と西へ移動しながら最後にたどり着いたのが八王子です。
いろいろ調べていたら、たまたまこの物件の募集が出ていました。
近所には現役の古本屋が2件ありますし、「古本まつり」も定期的に開催されている。
通勤や立地などを考慮して、なんとかやっていけるかもしれないと思って決めました。
2016年の年末のことです。
── 新しい世界に飛び込むのに、不安はありませんでしたか?
高橋: いや、逆に不安しかなかったです(笑)。
私には古本屋で修行した経験がないので、具体的な収入や経費について、まったく見当がつきませんでした。
ではどうしたかというと、ひとつは古本屋の店主さんの書いた本です。
よみた屋(吉祥寺)の澄田喜広さん、音羽館(西荻窪)の広瀬洋一さんの本などを読んで勉強しました。
また、少しでも古本の世界とのつながりをつくろうと、藁にもすがる思いで古書組合主催のトークイベントに通ったり、
「一箱古本市」という本のフリーマーケットに参加したりもしました。
折々にご縁のできた古書店主の先輩方や、古本市で出会った方々の応援やアドバイスがなければ、こうして店に立つことも叶わなかったと思います。
本当に感謝しています。
── むしくい堂の店内を見渡して、1冊1冊を丁寧に見せている印象を受けたのですが、開店するにあたって何かコンセプトはあったのですか?
高橋 私がイメージしたのは、西荻窪の音羽館です。
あくまで私がそういう雰囲気にしたかったというだけで、まあ、似ても似つかないんですけどね(笑)。
音羽館は、いわゆる昔ながらの古本屋じゃないスタイルを始めた先駆者です。
とにかく本をピカピカに磨いてきれいに並べたり、雰囲気のある音楽をかけたり。
今となっては当たり前かもしれませんが、それを20年近く前からやっています。
私はそのスタイルがすごく好きだったんですよね。
きれいな古本が整然と並ぶ店内
── お店の棚に並ぶ本の中には、音楽や鉄道関係のものも多いようですね。
高橋 音楽については、自分自身が10代の頃から楽器をやっているというのもあって、楽譜なんかも含めて関連する本を数多く集めたいと思っています。
鉄道は私の趣味です(笑)。
以前は副業で鉄道旅行の記事を書いていた時期もありました。
得意分野のひとつになればいいかなと考えています。
どこで伝え聞いたのか、音楽や鉄道の本を求めていらっしゃるお客さんもぽつぽつ出てきましたね。
── 買取は主にどのようなルートでされているのですか?
高橋 店頭での買取と出張買取が多いです。
それこそお店の前を通って「ここにお願いしよう」と決める方もいますし、ネットで見つけて持ってきてくださる方もいらっしゃいます。
むしくい堂では1冊から買取していますので、それを含めたらほぼ毎日、何かしらの持ち込みや相談があると言っていいと思います。
もちろん、コンディションなどによって値段のお付けできないものも中にはあるのですが、基本的にどのようなジャンルでも歓迎します。
本以外では、CDやレコード、映画のパンフレットや絵葉書といった「紙もの」と、切手などの「郵趣品」も積極的に買っています。
古本屋は古物商に当たるので、許可をきちんと取っていれば、実はだいたいのものは買い取れるんです。
本棚とかラジカセ、地球儀なんかを引き取ったこともあります。
先日は、ヴァイオリンとウクレレを買い取りました(笑)。
── 実店舗をやられてよかったと思うことはありますか?
高橋 何より、お客さんと顔を合わせて話せるのが嬉しいですね。
お店でのふれあいを大事にしたいというのがあったので、あまりネットでやることは考えていませんでした。
事実、お客さんの中には、ほとんど話すのが目的で来てくださる方もいらっしゃいます。
お店の外にある100円均一の棚から1冊買って、その代わりちょっと話すよ、みたいな(笑)。
会話の内容は雑談です。
何かについて議論をするというよりかは、ただお互いに話したいから話している感じですね。
むしくい堂の外観。茜色のテントが目印
── 出張買取などに行かれる際にも、お客さんと深く関わる機会があるのでしょうか?
高橋 高齢化が進んでいるせいか、お亡くなりになった方の蔵書を買い取ることがよくあります。
ご遺族が故人の遺品を整理する過程で、古本屋に声がかかるのは最初か最後かのどちらかだと感じています。
相続の関係などで家を明け渡さなきゃいけない場合には、すぐに依頼がきます。
そうでもない限りは、何年かして気持ちが落ち着いてから連絡が来ることも少なくありません。
やはり、置いておけるものなら置いておきたいのでしょうね。
こんなことがありました。
旦那さんが亡くなった直後に、どうしても故人の蔵書を手放さなければならなくなったご婦人のもとに伺った時の話です。
その方に指示を仰ぎながら本を紐で縛る作業をしていると、旦那さんの思い出話になりました。
その中で
「これはちょっと……」
とつぶやく声が聞こえたので奥さんのほうを見ると、
つかの間の沈黙のあとに意を決したように
「いいです。持っていってください」
とおっしゃったんです。
ところが、しばらくするとまた
「やっぱりちょっと待ってもらっていいですか」と、
さっきの本の束のところへ戻ってくるんです。
そんなやりとりを何度も繰り返しました。
きっと、本を読んでいる旦那さんの姿が蘇ってきたのでしょう。
思い出と一体になった故人の本と向き合うことで、遺された方が前向きに生きていく糧を見出す。
そんな場面に立ち会い、そっと近くで見守ることも、古本屋のひとつの仕事なのかもしれませんね。
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