コラム

2020.09.14

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コラム「フルホン村の住民」第4回「古本屋の市場」

盛林堂書房で、店主の小野純一さんに話をうかがっているときだった。

帳場で会計を済ませたお客さんが、買ったばかりの本をわずかに掲げてこう言った。

「店頭の棚に、こういういい本があるのを知ってるから、みんなよく来るんですよ」

 

古本好きが住まう〝フルホン村〟を現地調査する本連載。最終回となる今回のテーマは古本屋の市場だ。

盛林堂書房の店先にある均一棚と市場の深い関係とは。

 

 

(取材・文/高橋伸城)

「交換会」という名の市場

野菜や鮮魚と同じように、古本屋にも市場がある。他の業種と少し違うのは、卸売と小売の区分が明確でないこと。市場の運営は、古書組合に加盟している古本屋が集まり、手ずから行っている。

それぞれに商品を持ち寄り、不要なものを売って、必要なものを買う。その正式名称を、「交換会」という。

 

古書組合は、基本的には都道府県ごとに組織されている。三重県や和歌山県のようにまだ結成されていないところもあれば、北海道や愛知県のように複数に細分化されているところもある。いずれにしても、各地域の組合が運営する市場のネットワークは、今や全国に広がっているのだ。

 

東京の神保町にある東京古書会館では、平日は毎日、市場が開催されている。

火曜日の「東京洋書会」では日本語以外の書籍、水曜日の「東京資料会」では学術雑誌や行政資料・雑誌のバックナンバーなど、曜日によって集まってくる本もさまざま。

出品物に添えられた封筒に、金額を書いた紙を入れる「置き入札」が主流になっている。

 

盛林堂書房の小野さんが現在、よく顔を出しているのは、月曜日の「中央市会」と、金曜日の「明治古典会」だ。

 

「月曜日は、漫画・文庫から和装本まで、何でも出る市場です。その分、物量が多い。毎週月曜日は当店の定休日にあたるので、一日市場にいます。

金曜日は、明治以降の出版物や手書きの原稿、その中でもコレクターズ・アイテムになるようなものが並びます。例えば、夏目漱石『こころ』の初版本が出品されたりする。金曜日は自分の店を開けているので、市場に長居することはありませんが」

 

盛林堂書房は、一般のお客さんからの古書の買取を行っていないわけではない。それにもかかわらず、小野さんが店の合間や休みの日にわざわざ神保町まで出向くのはなぜなのか。

その問いを探ることで浮かび上がってくるのは、市場の機能と、盛林堂書房がフルホン村の人たちを惹きつけるための戦略だ。

店内の本棚を確認する店主の小野さん

なぜ市場へ行くのか

古書組合に参加する古本屋が、市場でできることは主に3つある。

本を買うこと、売ること、そして情報の収集だ。

 

お客さんから直に買い取られた本は、業界では「初荷(うぶに)」と呼ばれる。同じ商品を比べたときに、他の店を経由していない〝新鮮な〟古本のほうが売れ行きはいいそうだ。

とはいえ、欲しい本がいつもタイミングよく入ってくるとは限らない。そもそも、お客さんからの買取依頼がいつ入ってくるのか、なかなか読めないのだ。

 

「西荻窪周辺の買取は、この10年で相当に減っています。ただでさえ母数が少ないのに、その中でいい本を見つけるとなるとなおさら難しい。

でも、市場でものを買う癖をつけていれば、たとえ1週間の買取依頼がまったくなかったとしても、少なくとも仕入れが途絶えることは防げるんです」

 

市場は、在庫の流れを管理するのにも役立つ。

落札した本を、その週のうちに可能な限り売り払い、また翌週に同じくらいの量を仕入れる。こうしたサイクルをうまくつくっておくと、膨大な在庫を抱えずにすむのだ。

 

「実店舗とは別に小さい倉庫があるのですが、そこも本であふれかえっている状態です。置き場所があまりない分、市場を使うことで本の流れを調整してます。こうすると、棚に並ぶタイトルも毎週少しずつ変化して、お客様も飽きないと思うんです」

 

また、場合によっては商品が安く手に入るというのもポイントだろう。

小野さんによると、市場の価格は二極化しているという。希少価値のあるものは手の出ないほど高い一方で、何十冊、何百冊という束で出品されるような本を安く買えることもある。

 

市場は、本を売る場所でもある。

店で扱えないジャンルの本や、売れ残っていた本を出品することで、在庫を貨幣に変える。ここで行われているのは、まさに「交換」だ。

 

「うちは現状、あまり市場には出品をしていません。でも、お客様から買わせていただくときに、思い切って本を買えるのも、市場があるからなんです。困ったら市場に出せばいいわけですから」

 

市場でやり取りされているのは、商品やお金だけではない。

他の店主との何気ない会話。出品される本。ライバル店の動き。現地で飛び交うさまざまな情報を、小野さんは〝生きたデータ〟と呼ぶ。

 

「市場には古本屋のプロが集まります。一件の落札にしても、そこにはたくさんの情報が含まれている。どういった本が落札されたのか。誰の手に渡ったのか。それはいくらだったのか。こうした古書業界のリアルな姿を自分の目で見られるというのは、それだけで勉強になるんです」

盛林堂書房の店先。今日も店頭の均一棚にお客さんの足が止まる

こだわりの均一棚

盛林堂書房では、市場で仕入れてきた本の約7割は、店頭の均一棚に並ぶ。実はここに小野さんのこだわりがある。

均一棚といえば、廉価な本が並ぶスペースとしてフルホン村ではおなじみだ。一般には、商品の品質などに問題があって、店内にはおけない商品が集まりやすい。

ところが盛林堂書房は少し違う。

 

「うちの均一棚には、店内で使おうと思ったら使える本をたくさん入れています。誰も手に取らないようなボロボロの本はほとんどないはず。品質を落としたくないんです」

 

均一棚の本が総入れ替えされる毎週土曜日の開店時には、掘り出し物を求めて、フルホン村の人たちが集まる。この光景は、今や盛林堂書房の〝名物〟といってもいいだろう。

 

小野さんが2004年にお祖父さんから店を継いで、数年経った頃。古本屋の経営について研究するため、東京中の古書店を見て回った。気づいたのは、お客さんがよく集る店は、どこも均一棚が充実しているということ。

早速、小野さんは盛林堂書房でも実験する。市場で仕入れた本や、お客さんから買い取った大量の文庫本を次々と100円で店頭に並べたところ、目に見えてお客さんの数が増えたのだ。

 

「あのときの均一の並びはよく覚えています。本に関する知識が増えた今から振り返ってみると、すごくもったいないことをしたと思う。100円で売るんじゃなかったって(笑)。

でも、ちょっともったいないというレベルのものを入れると、お客様の反応を感じられるのは、現在も同じなんです」

 

ただ、そこには古本屋としての葛藤もある。

均一棚の充実はお客さんを惹きつけるうえで大切である反面、来た人をそれだけで満足させてしまうと、店内の本を見てもらえない。だからといって質を落とすと、今度は如実に売上の金額にあらわれてくる。

「このバランスを保つのが、大きな課題なんです」と、小野さんは少しはにかんで語った。

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