コラム

2025.09.26

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カラサキ・アユミ氏 コラム 子連れ古本者奇譚 第45回「運命に抗う古本者」

 

あれほど心配していたアト坊の親指を吸う癖がピタリと止んだ。

本人にとって精神安定的な行為だった指吸い。今後の歯並びに悪影響を及ぼすだろうしそろそろ卒業してもらわねばと心配する一方、かと言ってその都度注意して無理矢理止めさせるのは親も子も相当なストレスだよなぁと悩みの種になっていた。

「アト坊よ、もう4歳になったし親指吸うのやめない?」

「いや!やめない!親指大好きだから!」

「……さようか」

こんなやんわりとしたやり取りが日々続いていたのだが、ある夜に終焉を迎えたのである。

キッカケは夫がYouTubeでたまたま見つけた〝親指鬼〟というアニメ仕立ての動画だった。こちらを真っ直ぐ見据えた一つ目の赤鬼(リアルではないけれど不気味さ漂う画風)の口元だけが動いて語りかけてくる。

「僕も昔は君とおんなじ人間だったんだ…でも親指をチュッチュッと吸いすぎて鬼になっちゃったんだ…君も僕の仲間になってくれるのかな?フフフフ…必ず迎えに行くからね。楽しみだなぁチュッチュッチュッ…(指を吸う音)」

 

食い入るように直立不動で携帯の画面を見つめるアト坊は、恐怖のどん底に突き落とされたような表情をしていた。

「えぇ!アト坊、このままじゃ鬼になっちゃうの⁉︎ 嫌だ…パパ嫌だよ!」

動画に合いの手を入れるように、恐怖に慄くアト坊を抱き寄せながら夫が下手な演技を織りなす。私は爆笑するのを耐えるのに必死だった。

 

「親指チュッチュしたら親指鬼が来る!!!」

この恐怖効果は抜群だったようで、子育てにおけるささやかな悩みの種の一つがこの夜を境に解決したのであった。

 

同時にこの我が子の変化は、習慣や癖などは大人になればなるほど修正するのにハードルが高くなるということを改めて考えさせられた。

 

実は今年、本格的な占いというものを人生で初めて体験した。

「怖いくらい当たるし、人生のアドバイスも沢山貰える!鑑定料もリーズナブルだし是非やってみたら⁉︎」と知人から猛烈にオススメしてもらい、なんとなくなノリで見てもらうことにした。

名前や生年月日といった情報を元にした四柱推命という鑑定方法で、別にいま現在特に悩みも持っていなかった自分は「将来の展望や自分の改善点」といった漠然とした内容の話を聞きたいと、事前に先方の占い師さんにメールで伝えていた。

迎えた当日、ワクワクしながら占い師さんの元に訪れた私はとある建物の一室に通された。なにしろ生まれて初めての占いである。私は間違いなく、浮かれていた。そして期待していた。

「あなたは輝く星の下に生まれている!あなたの未来は絶好調!」などなど良いことばかり言われたらどないしましょ!ムフフフ。これから過ごす時間が楽しみでならなかった。

まさか真逆の事態になるとは、露とも想定していなかったのである。

 

簡単な挨拶を終えて双方椅子に腰掛けるやすぐさま、「最初にまずお伝えしたい大事なことがあって…」と占い師の先生は私を見つめてきた。

その真剣な面持ちに「一体私に何が〝見えた〟のだろう⁉︎」と喉がゴクリと鳴った。

「あなた、お金、すッッごく使っちゃうでしょ。ダメよ、それはダメ。」

なんと会って30秒で己が浪費癖を言い当てられ、諭されたのである…!!!

ずっこぉぉぉーーーーん

 

しかもちょうどその日の午前中にマッサージをしてもらおうと軽い気持ちで訪れた整骨院で「お得ですから、ね、ね」と言われるがまま断りきれずに高額の回数券を買わされたばかりの私だったので、この先生の言葉は猛烈に効いた。

 

長らく夫や両親から「お金は大事だからね」と言われ続けるも「大丈夫っしょ」と軽く聞き流し続けもはや麻痺していた感覚が、いまこの瞬間、しっかりと猛烈な痛覚として己の胸に刺さったのは、きっと初対面の人から言い当てられたという衝撃が強かったからだろう。

こうして初っ端に鼻をソフトに折られた私は、四柱推命の恐ろしさをこの後1時間近く体験することとなったのだった。

生まれた瞬間から運命の筋書きというものは決まっているらしく、細かい話を省いて要約すると、私の人生は今後も何とかなるしどうにか大丈夫とのことだった。ひとまずホッ。

ただ、金銭感覚だけは改善したほうがもっと素晴らしい未来に繋がるとのことで、稼いだら稼いだ分だけ欲望のまま使っている今のままでは運命的にアカンとのこと。おぉ耳が痛い。

 

「センセェ、あのぅ、自分、本が大好きなんですけども、見境なく買ってしまうくらい好きなんでしゅけど、それってどうなんでしゅか?(動揺して噛んでいる)」

「うん…、自分の可能性が広がるものであれば、投資を惜しまなくて大丈夫。でも常に見極めてくださいね。そして、本にしても何にしても大きな金額を使うときは必ずご主人に伺ってみてからにすること。そしてご主人の判断に従うこと。」

そして衝撃的な未来予想も知ることになった。

「えぇっと…(手元の資料を見ながら)、うん!息子さんの金銭感覚はご主人に似ます、良かったですね!」

 

親としてはとっても安心、だが古本者としては大変複雑な気持ちに包まれた。

 

確かに最近、アト坊がほんの少し夫に似てきた気がする。顔立ちだけではなく(眉毛は100%夫似)まだ確固たる形には至ってはいないが、こうなんというか精神の根本の一本に夫を感じる部分がある。

「ママ、また本買ったの?」「ママ、本買いすぎじゃん」「本なんていらないし」

この3フレーズの使用頻度が多くなってきた気がする。

〝気がする〟だけであって欲しい。

 

ところで話は変わるが、私は人と話しているその最中、「あぁ、自分の話って面白くないなぁ…」と常々反省しながら口を動かしている。喋りながら同時に脳みその中で自分が放った言葉や構成に赤ペンを入れて採点しているような感じだ。人と話していると舞い上がって「そこまで必要ないやろ」という量のアドレナリンが湧き出てしまうせいだろう、自分でも何をいっているのかよくわからなくなることも多々ある。

そんな言葉選びにセンスのない自分が紡ぎ出した話を聞いて相手が笑ってくれたりすると「あぁなんてこの人は温かい人だろうか。」といちいち感動してしまう。それくらい自分の会話力に自信がないのである。

夫なんぞ容赦がないので、私の話を聞いているときは表情筋をピクリとも動かしやしない。

 

会話において必要な話のネタ、言葉の表現力など、本から学べるものは多い。

占いを終えた後、今後古本に金銭を注ぐことを正当化するのに必死になった私は、無理やり崇高な思想を取って貼り付けることにした。

これからは〝コミニュケーションスキルを磨く精神〟を元に古本を買い、有効活用しようと。さすればこれは自分への投資、無駄使いではない、と。

そして相変わらず古本を買っては読んでを繰り返す日々を送った。

 

さて占い体験から月日が経ったある日、アト坊の幼稚園での催し物を見学に行った際にその出来事は突然起こった。

親達の控室的なスペースで待機していたところ、近くにいたシティボーイ風のお洒落なお父さんが「あの…古本乙女…さんですよね?」と話しかけてきてくださったのである。

なんと!この地元に、しかも子供が通う幼稚園に!私の肩書きを知ってくださっている人がいるとは!

「以前東京に住んでいて、神保町とかめちゃくちゃ行ってて古本買い漁ってたんですよ。僕もすっごい本が大好きで。おかげで家族からは白い目で見られてます(笑)だからカラサキさんにすごく共感してるんです(笑)」

素晴らしい眩しい、最高の会話を相手様が投げかけてくれたというのに…!私ときたら!あぁ!

足がつく深さのプールを歩いていたら突然水深が深いゾーンに足を踏み入れてアプアプとあわや溺れかけているような、そんな挙動で返答してしまったのである。

「うわはぁ…そうなんすねぇ!うはぁ、仲間がいて嬉しいっす!本はやめられないとまらないでさぁねぇ!」

お前は先輩からジュースを奢ってもらう男子高校生か。カッパえびせんの、カルビーの回し者か。

 

「ははは」

相手のお父さんは優しく笑みを浮かべ、会話は続かずに終了してしまったのであった。相手が去った後、私はハンカチで汗を拭くふりをしながら情けない表情を必死に隠していた。

離れた場所でその様子を観察していた夫がやってきて「どんな本が好きなのかとか、相手のことを聞けばよかったのに」

「ッ!あぁぁ!確かにぃぃぃ!!そうすればもっと話が盛り上がったのにぃぃ!!!キィィィ〜私の馬鹿馬鹿!」

 

過ぎ去った絶好のチャンスを逃した私を冷めた表情で見つめる夫は「結局、買ってる古本、全然、有効活用できてないじゃん…意味ないじゃん」と言い残してその場を去って行ったのだった。

 

意味ないじゃん、意味ナイジャン、イミナイジャン…

 

「自分の可能性を広げるものには投資して良い」という、あの時の占い師の先生の言葉がグルグルと駆け巡った。そして小さな不安が掠めた。

あれ⁉︎もしかして私ってば輝く未来から遠ざかってる⁉︎

 

アト坊の親指鬼のような恐怖のどん底まで陥れられるキッカケが無い限り私の古本趣味は絶対に封印されることはないだろうが、この葛藤が果たして運命に逆らって生じているものなのか測り知れず、「いやいや、たかが占いでしょう!」と持ち前のポジティブ思考で強引に結論を出したのであった。

さぁ運命やいかに。