2024.06.27
コラム
相変わらず古本屋Sでのお手伝いの日々は刺激で溢れている。
ネタを雨に例えるなら、この勤務場所は私にとって年中梅雨状態だ。誰かに話したい面白い出来事が降り注ぐように起こる。
中でも最近体験した濃いトピックスは他県に古本の仕入れ旅に出向いたことだろうか。
先日、古書組合に加入している古本屋のみ参加可能な古本の業者市(全国各地で開催されている交換会、通称〝市会〟)に、アシスタントとして店長にくっついて広島に弾丸で向かった。広島には個人的に交友の長い古本屋店主がおり、今回彼の紹介もあって博多から参加させてもらうことになったのだった。店主のYさんにとっても地方への仕入れは初めてで、気合いと緊張を携えて臨むことになった。
子供はもちろん私が仕入れの旅に行っている最中は夫と留守番をしているわけなので〝子留守古本者奇譚〟と連載タイトルを変えた方が今回の内容はしっくりくるかもしれない。
広島まで高速を走ること約3時間、車中がアラフォー古本者2人によって発散される古本熱気に包まれていたのは言うまでもない。我々にBGMは必要なかった。止まらない古本トーク、そして各々の脳内には大音量のオリジナル古本音頭が鳴り響いていた。
ハンドルを握る店長のYさんは少年のように瞳を輝かせながら未知なる古本達との出会いに胸を膨らませ、助手席に前のめりに座る私は、本来自分のような一般人は立ち入ることが出来ぬ神秘のベールに包まれた世界への好奇心の炎をゆらめかせていた。生まれてこのかた〝フェス〟なる陽の空気漂うイベントとは無縁な自分であるが、気持ちはすっかりそれに向かうノリであった。
会場である小さな公民館は住宅街の中に紛れるように建っており、到着時はまだ朝だというのにもうすっかり真夏のような日差しが降り注ぐ陽気。
「こ、ここが古本フェス会場か…!」ともはやミーハー魂大爆発で顔を汗でテカらせながら建物を見上げた。
そんなわけで既に会場で待機されていた広島古書組合の方々に挨拶を済ませた後は隅の方でソワソワしっぱなしであった。
本や、人から聞いた話でなんとなく〝古書組合の市会〟については知っていたつもりだが、やはり実体験で得る情報量は当たり前だが凄まじい。
続々会場に到着する車の中から、バケツリレーのように本が入った箱が古本屋店主達の手により中へ運び込まれ設営されていく。テキパキと息の合った作業風景に終始見惚れる。最終的にこの日は10数人の広島の古本屋の他に我々含め数名の他県から参加する古本屋が揃った。
古本が詰まった段ボール箱が口をパックリと開けて会場内にずらりと並ぶ光景はかなり壮観で、その光景は飼い主(買い主)を待つ古本達。その時の私にはこれらの古本が生き物のように映っていた。
これより彼らの争奪戦ならぬ入札会という、古本屋店主らによる静かな戦いが繰り広げられる。いよいよ古本フェスの開幕である。
若手から大ベテランまで、各々散らばり品定め作業に入る。出品されている古本達を吟味した後は、手のひらに収まるサイズ感の紙に黙々と買い値を書き込んでいく。数字が書き込まれた入札用紙を折りたたみ、古本が入った箱に備え付けられた封筒に入れていくスタイルだ。これはどこの市会でも全国共通の風景なのだが、各自お目当ての出品物を落とすために己の知識と勘を総動員して数字を当てこんでいくこの戦い、私には痺れるほどカッコ良く見えて仕方がなかった。
「うはぁ!こ、これが入札風景か…!」と私が仕事そっちのけで念願の風景を間近で楽しんでいる間、Yさんも他の店主達に混じって真剣な眼差しで時折思案しながら鉛筆を走らせていた。
やがて参加者全員の入札が終わったと同時に開札作業が始まった。
この間、約1時間程度。まるで映画のような展開の早さに驚く。
開札も皆で協力して行われ、次々とどの箱を誰が落札したかの結果が貼り出されていく。試験の結果発表のような気持ちでYさんと恐る恐る入札した箱達をチェックしに行くと、入札した半数近くの古本達を落札することが出来ていてホッと胸を撫でた。他を見回すと、我々同様に悲喜交々な光景が繰り広げられていてそれがまたなんとも良かった。
「あぁ、また負けた…!」「負けるのも良い経験だよ。まだまだ勉強しないと!ワハハハ」「これはいい本だよ。落札できてよかったね」「嬉しいです!」
和気藹々としたやり取りから、広島古書組合の方々の人柄の温かさが凝縮された空気が感じ取れた。
「それでは、これで会を終了したいと思います。」
進行役の方が終わりの挨拶をすると、どこからともなく起こった拍手のミニウェーブ。
パチパチパチパチ…
大の大人達による拍手に包まれた空間(しかも皆さん微笑んでいる)はまるで小学校の自由研究の発表会が終わった後のような和やかさで、「あぁ、なんだかホカホカしていいなぁこの雰囲気」と、しみじみしてしまった。
落札された古本達の車への運搬作業や会場の撤収作業も、設営同様に皆で協力して行われた。その際も車に詰め込みながら応援の声やジョークが飛び交い、笑顔が絶えない時間が流れた。
古本屋さん同士が力を合わせている姿に胸が熱くなったり、人情味溢れる些細なやり取りにいちいち反応したり感動してしまうのは、単に商品である古本の取引を淡々と行う集まりというイメージを自分が市会に対して持っていたからだろう。あぁ、こんな新たな世界を知る機会を得られて自分は何てラッキーだろう、と今回同行させてくれた店長Yさんと温かく受け入れてくださった広島古書組合の方々への感謝が尽きない。
会場を後にしたのち、広島市内の喫茶店で濃厚すぎる1日を振り返りながらYさんと「めちゃくちゃ楽しかった!!!もっと色んな場所にも仕入れに行ってみたいですね!!!」とキャッキャ女子高生のようにはしゃぎ糖分を補給した。
脳みそを入札で全集中フル稼働した反動でクリームみつ豆を秒速で完食する古本屋店主と、興奮のあまりクリームソーダーを一気に飲み干す助手。(古本屋稼業に携わって以来、甘いものは我々にとって必需品となった。)
帰路は古本で埋め尽くされた後部座席を何度も何度も振り返って見つめてはニヤニヤし続けた。自分のものになるわけではないが、ホーム(お店)に仲間入りする古本達はどんな本も紛れもなく可愛い愛しの存在なのである。
「早くしみじみ戦利品を眺めてみたいですねぇ」
Yさんも待ちきれない様子でアクセルを踏み続ける。
サービスエリアで家族へのお土産のもみじ饅頭を買い込んで博多へと帰る高速からは空が焼けるような夕陽が車窓に広がり、なんとも言えない感情が込み上げてきて(Yさんも同じく)車中に珍しく沈黙の時間が流れた。
初めての古本フェスの余韻に浸りながら、背後から聞こえる段ボール箱同士の摩擦音に耳を傾ける。
早くお店の棚に並べたい、この面白い古本達をお客さんに早く手に取ってもらいたい、そんなはやる気持ちばかりが夕陽を眺めながら溢れ出てくるのだった。
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カラサキ・アユミ
1988年福岡県北九州市生まれ。
幼少期から古本の魅力に取り憑かれて過ごし、大人になってからは大好きな古本漁りの合間に古本にまつわる執 筆活動を行うように。
2024年現在、3歳になる息子にも古本英才教育中。
著書に『古本乙女の日々是口実』(2018)、本エッセイ「子連れ古本者奇譚」に書き下ろしを加え書籍化した『古本乙女、母になる。』(2023)がある(共 に皓星社)。
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