コラム

2024.03.29

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カラサキ・アユミ氏 コラム 子連れ古本者奇譚 第28回「ママ、また本買ったの?」

この古本一括査定.comでの連載をまとめた『古本乙女、母になる。』の刊行記念イベントに合わせて、先日単身で上京した。

 

舞台は本の街神保町、それも会場は東京古書会館である。右を向いても古本屋、左を向いても古本屋、見上げれば古本屋の看板、下を向いても均一本ワゴン。まさに古本天国である。もし、宝くじで1億円当たったら間違いなくこの地で全ての金を古本に溶かす自信が私にはある!

 

夫と息子アト坊は福岡に留守番とあって、解放感に包まれた私は母親としての罪悪感を今回ばかりは置き去りにし、時に子供の存在すら忘れて(おいおい)古本の世界に埋没した。楽しい、とにかく楽し過ぎた。

 

あんなに苦心して探していた一冊の本がサラリと棚に刺さっていたり、ネットで結構な金額で購入した本が屋外の3冊500円コーナーにドサっと置かれていたりと、地味にショックな光景にもいくつか遭遇した。これぞ、地方都市と大都会の古本供給の格差か…!だが羨ましがる時間も勿体無い!限られた時間を余すところなく古本漁りに費やすぞ!と感情を忙しくさせながらの数時間、結果的に段ボール二箱分の戦利品をゲットするに至ったのだった。

 

 

トークイベントでは60名近くの参加者の方々に2時間弱ひたすら私の古本四方山話を聞いていただいた。座席の多くを占めていたのは、自分の父とほぼ同年代(60代〜70代)だったが、一人一人のその表情とその瞳の輝きは紛れもなく「いつまでも心に乙女を潜ませている古本者」であった。

 

即売会で双眼鏡を持参して開場前に遠巻きからお目当ての棚をチェックするという漫画のような逸話をお持ちの筋金入りの古本猛者、出家して仏門に入るも古本への欲ばっかりは断ち切れなかったという住職古本者さん、古本専用の戸建てを購入したという古本マニアさん、本当に、世の中にはいろんな考え方でいろんなスタイルで古本趣味を楽しんでいる人がいるのだなぁ、SNSで覗いている世界なんて氷山の一角に過ぎないんだ。関東の古本好きの方々との交流することで、そんな当たり前の認識すら薄れていた自分に改めて気付かされた。

 

貴重な文献をストイックに収集し、それを活かして自身の研究に役立てているアカデミックさもなければ、買った本を読んで己の血とし肥やしとするストイックさもない、ただただ蝶を笑いながら追いかける子供のようなスタイルで趣味活動に勤しむ自分ってめちゃくちゃ平凡じゃん!と噛み締めた。

 

おかしなもので、長年古本を買い続けていると、「こんなに面白くて素敵な本を見つけて手にいれる自分ってばすごい…!」と一種のナルシシズムが発動する。自宅の床から群生する古本タワーや本棚の背表紙を夜毎眺めて悦に入り、焼酎の入ったグラス片手に自惚れモード。こんな風に自画自賛行為が日常茶飯事となってしまっているが為に、いつしか己が非凡であると勘違いしてしまっていた。

 

「わわわ!なんか面白そぉ〜〜!」と何となく好きという漠然とした感情で本を購入し中身をろくに読みもせず自宅の床に積み上げ満足している私は、参考書を買っただけで勉強した気になっていた高校生の頃から一切中身が変わっていなかっただけなのであった。

 

 

それにしても、古本の世界はただただ温かい。私が今回垣間見た東京での二日間がたまたまそうだっただけかもしれない。即売会場での押し合いへし合い、本の争奪戦、確かに古本界特有のいろんな苦い体験もこれまで味わったことのある私だが、やはり古本趣味を持つ人たちの多くは心優しい人ばかりだと思う。

 

古本屋店主も同様だ。「こんなに楽しく古本を買ってくれる人がいるから、僕らも頑張らなくちゃなぁ」とイベントが終了した後に爽やかな笑顔でそう話してくださる古本屋さんの面々には「古本をこの世に流通させてくだすってありがとうございます!」と感謝の気持ちが踊り狂った。

 

イベントの最後に記入していただいた匿名のアンケート数十枚にはとにかく胸が熱くなる感想ばかりが溢れていて、とりわけ、80代の方が震えた筆跡で「これからも貴女の趣味活動が実りあるものであるようお祈り申し上げます。子育ても頑張ってください。」と書かれた一枚を目にした瞬間は目頭が熱くなったのだった。

 

 

これからも〝自分らしく〟ますます古本ライフに邁進しよう!

 

二日間の東京遠征を終えた私は謎の自信に満ち溢れていたのだった。

 

 

こうして濃密な東京時間を爆速で過ごしたあと、翌日からは余韻に浸る間もなく慌ただしい日常が再スタートしたわけだが、私が不在の間に我が子には驚くべき変化が生じていた。

 

アト坊はなんと、あんなに嫌がっていた夜の歯磨きを「はぶらしする〜」と笑顔で受け入れ、その上、夫に身を任せ口をあんぐり開けて磨かせてくれるようになっていたのである。(つい数日前までは歯ブラシを口に入れさせまいとレスリングのごとき凄まじい攻防戦を繰り広げていたというのに…!)

 

その様子を茫然としながら眺める私を横目に見る夫の得意顔たるや。

 

なんせ私は自慢でないが古本に関すること以外には実は自信というものを全く持ち合わせていない。それは子供の接し方にも影響が出ているように思う。

 

子供がこちらの言うことを聞かなかった時など「まだ人間生活ホヤホヤだもんね。自分中心で世界が回っていると思っちゃうよね〜。わかるわかる。」と共感の気持ちの方が圧倒的に勝ってしまい、叱る温度も中途半端で温いのだと思う。子供はそういう部分にはめざといもので、もうじき3歳を迎える息子の脳内には、私はアメで夫がムチという土台が確実に出来上がっている。それもそのはず、普段物静かな夫は私と違って叱るべき時は鬼の如く凄まじく怖いのだ。(もしこの勢いで古本買いを咎められた日には…と毎度想像するたびに震え上がる自分がいる。)

 

「二日間、育児で特に困ったことは無かったかな。」とさらりと言ってのける夫に対して頼もしさを感じつつも、また同じくらい悔しさが込み上げるのであった。

 

お陰で、夫が育てた方が真っ当な人間に育つのでは…、という自虐的な考えまでもが定着しつつある現在。

 

現時点で、30数年生きてきた私が我が子に教えてあげられることと言えば古本の楽しさや趣味に没頭する大切さくらいだろうか。それってどうなんだろう、だいぶんマズいよね、と自分でツッコミを入れる始末である。

 

 

おまけに、「ママ、また、本、買った?たくさん、買ったの?」とまで聞いてくるようになった。

 

きっと、夫に古本を買ったことを問い質されている私の姿を日常的に見ているからだろう。私が不在だったこの二日間にも夫が何やら息子に吹き込んだに違いない。

 

子供の観察眼と吸収力をナメてはいけない…。なんて恐ろしい子…。

 

夫の影響を素直に反映するアト坊はきたる未来、夫に次ぐ強力な古本抑制マシーンと化すかもしれない。

 

実は、その危惧がリアルさを増す出来事が此度の東京遠征でもあったのだ。

 

イベントの参加者には古本趣味を持つ〝父親〟達の存在も多く、それは同時に、子育てと趣味を両立させるべく日々奮闘する戦友達との対面でもあった。

 

「古本屋に連れ回すうちに、娘が初めて覚えた漢字は〝古本〟でした。」と微笑ましい成長録を教えてくださったり、「また古本屋いくのぉ?」と子供からツッコミを入れられて苦笑いしている日常の風景を聞かせていただいたりと、自分だけでなくこの空の下にはこんなに同志がいるんだとひたすら心強い気持ちになる時間が溢れた。

 

だが、恐ろしいことにこの心温まる交流を経て衝撃のデータが叩き出されることになるとは夢にも思わなかった。

 

「で、現在お子さんはどうですか?本をお好きですか?」という私の問いかけに対し、「それがね、子供は古本に全く興味を示さないどころか、嫌ってるんですよね、ハハハ…」眉を漢字の八の形にしながら憂いを秘めた眼差しで私にそう返答した父親達の顔が忘れられない。あの諦めの表情。

 

しかも10人中10人がそう答えたのである。なんてこった!!!!

 

私がアト坊と一緒に古本漁りを楽しみ、それを夫が諌める…密かに思い描いていた未来予想図がぼんやりと薄れていく。

 

 

ええい!考えたって仕方あるまい!とやぶれかぶれに「たくさんたくさん買ったよ〜。古本、ヒャッホーウ!」と踊りながらミュージカル調に返答すると、アト坊もお尻をフリフリさせながらやおら踊り始めた。

 

「まだ軌道修正ができる…!未来は明るいものになるかも…!」

 

前向きに考えながら我が子と一緒にリズミカルにリビングで踊っていると、東京から送った古本段ボールのお届けを知らせるチャイムが鳴ったのだった。

 

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カラサキ・アユミ

1988年福岡県北九州市生まれ。

幼少期から古本の魅力に取り憑かれて過ごし、大人になってからは大好きな古本漁りの合間に古本にまつわる執 筆活動を行うように。

2024年現在、3歳になる息子にも古本英才教育中。

著書に『古本乙女の日々是口実』(2018)、本エッセイ「子連れ古本者奇譚」に書き下ろしを加え書籍化した『古本乙女、母になる。』(2023)がある(共 に皓星社)。

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