コラム

2024.02.28

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カラサキ・アユミ氏 コラム 子連れ古本者奇譚 第27回「ある日の古本リフレッシュ日記」

母親が小さな子供と夫を残して一人の時間を満喫するのは特殊なことなのだろうか?それは容易いことではないが、決して〝特別なことではないこと〟だと私は心の底からそう思う。

子供を産んでからというもの、子育てを体験中もしくは卒業した幅広い年齢層の同性から様々な角度から思いがけない意見をもらう機会も少なくはない。休日に一人で出掛けたエピソード(古本行脚)を話すと「え⁉︎子供と旦那さんほっぽり投げて?一人だけで?すごいねぇ」と言われることが、これが地方在住の身だからなのか、実は意外と多い。なので言われた方の私も相手に負けないくらいの勢いで「え⁉︎何がすごいのかしら⁉︎」と驚き返すようにしている。

 

そんな方々には是非とも土曜日曜の朝一番に最寄りの公園に出かけて欲しい。

よく休日に夫と子供と出かける公園では、滑り台やブランコで遊ぶ子供たちの同伴者はどこもかしこも〝父親〟らしき人ばかり。母親の姿はビックリするくらいそこにはない。

いろんな家庭の事情があるのだろうが、きっと「用事を済ませたいから、もしくは休みたいから、子供を連れて外に遊びに行って!」と奥さんに言われて来たのであろう面々であることが想像される。

ストライダー(小さな自転車のような遊具)に乗って駆け巡る子供達を息せきながら追いかけている〝お父さん達〟がベンチに腰掛けている私の目の前を次々と走り抜けていく。

一方もうじき3歳になろうとする我が息子はというと、お尻をモリモリ振りながら滑り台を逆走中。その様子をハラハラと見守る夫の姿。

ベンチからその様子を遠巻きに眺めていると、5歳くらいの男の子がニコニコしながら「見て見てーでっかい枝ぁー!」と武器になりそうなくらい立派な木の枝を持ってこちらに近づいてきた。枝をひとしきり褒めまくった後におもむろに「今日はお母さんはお家におるん?」と尋ねると「おかーさんはー今日はー髪切り切りに行ってー友達とー昼ごはん食べてーくるんだってー。」と元気に答えてくれた。

ほほう、今日はやはりお母さんはリフレッシュDAYか。良いことだ。

素晴らしい返答に静かに感動していると、やがて男の子の父親らしき若い男性が慌てながら走ってきた。「すいません、すいません(汗)」と頭を下げながら手を繋いで去って行くのを見送りながらお父さんの背中にささやかなエールを送った。

ここで遊んでいる子供達のお母さんらが素敵な自分時間を過ごせていますように、と何となく空に向かって願う。

 

さて先日、旧知の趣味仲間と一緒に合同古本ハンティングを丸一日楽しんだ。出産以来初めてなのでかなり久々のイベントだ。

元々は「童心に戻ろう!」という漠然とした企画で、レンタカーを借りて話題のレジャー施設に向かう予定だったが、当日我々が車中から目にしたのは朝一番にも関わらず施設へと向かう人々による凄まじい混雑具合と駐車場までの車の大行列だった。

それらは、どちらかというと普段〝ケ〟を好む我々にとって、普段は好んで出向くことのないまさに〝ハレ〟を象徴するような眩しい風景であった。

 

「これは…やめましょう」誰からともなく発せられた言葉に、瞬時に「やめましょう!」「ここは我々が行く場所ではない!」と賛同の声が上がる。どこからともなく映画『青春デンデケデケデン』のBGMが流れ始める。

「プランBに変更だ!」「やっぱり俺たちには古本だ古本!」「そうだそうだ!」

今から戦にでも出向くような熱気が車中に充満するや否や、我々一行を乗せた軽自動車は華麗にUターンしていた。

 

このメンツが集まるとなると、プランBはその頭文字の通り〝B〟OOKに尽きるわけで、チェーン系古本屋、ここでも敢えて〝B〟と呼ぼう。

急遽、我々一行は当初のスケジュールを変更し、郊外に複数存在するBを巡ることにした。

 

「女性であること」「母親なのに」といった目線や偏った固定観念の気配を他者から感じさせられた時の居心地の悪さ、それも普段の生活においてなら致し方ないが、とりわけ趣味の世界でそれを認識させられることほど個人的にゲンナリするものはないのだが、そうした性別や立場の違いを気にせずに、あらゆる垣根を超えて純粋に趣味の楽しさを共有できるのが今日のメンバーだ。

それにしても、久々に会っても敢えて子供の話に全くならないというのはなんというか、365日子供のことを考えない日はない自分にとって気が楽で嬉しいものだ。

 

とはいえ、やはり自分が安心したいこともあって子守り役の夫に、こまめに子の様子を知らせるよう事前にお願いはしておいた。早速「今からランチタイム」と添えられたメッセージと一緒に目玉焼きが乗ったチャーハン(夫作)とお味噌汁を前に手を合わせていただきますのポーズをキメるアト坊の姿が送られてきた。こうして夫のメールのおかげもあって古本エンジンがガンガンにかかりまくった状態で私の休日の火蓋は切って落とされた。

 

だが無計画に臨んだ1店舗目では早速1時間が一瞬にして過ぎてしまうという事態になり、急遽車中で反省会が行われることに。古本を前にすると我を忘れてしまう無邪気な古本修羅達であった。

「このまま各店で長期滞在してしまったら数を攻められなくなっちゃう」という反省点を踏まえて、2店舗目から携帯のアラームを設定して臨むことにした。制限時間は15分。もちろん、そのアラーム役を務めるのは最も若輩者な自分である。アラームの音に怯えながら漁書する体験なんて後にも先にもなかなか無いのではなかろうか。

「ビビビビビビッ ビビビビビビッ」警報のようなアラーム音がなるや否や慌てて停止ボタンを推して店内に散らばる他のメンバーを探しに走る。

名残惜しそうに棚を見つめる同志の背中を引っ張り、次なる店舗へと車を走らせる。普段とは違った時間に支配された古本ハンティングではあったが、それはそれでまた一味違った楽しさがあった。車中では古本の値付けの変遷について熱く議論を交わしたり、昨今のBにおける値付けの高さに憂いたり、はたから聞いたら「この人たちは何が一体そんなに面白いんだろう…」と頭を捻られること必須な話題に花を咲かせた。

 

こうして古本屋から古本屋へと移動を繰り返していくうちにやがて空は真っ暗になってしまったのであった。

適当に見つけて入ったお洒落なカフェの一角で、各々手を拭いた後の除菌シートの真っ黒さ加減を見せ合いっこして大爆笑をしていると夫からメールが入った。

 

「今日は午後に庭に花の球根を植えました。一日お利口さんでした。では今から寝かせます。」とメッセージ。添えられた写真には長靴姿にスコップを握りしめ、植えた球根を前に満面の笑みを浮かべるアト坊。筋金入りの園芸家のようなオーラを放っている。

私が古本を漁っている間に、夫と息子が庭にしゃがみ込んで球根を植えている姿を想像してキュンとなった。

 

次の再会を固く誓い、仲間達と解散したのち自宅に辿り着いた頃には深夜になっていた。玄関の扉をそっと開け戦利品が入った重いエコバックを作業机の下に隠し、手早く寝支度を済ませて寝室に向かう。暗闇の寝室から息子と夫の寝息が規則正しく聞こえてくるのを確認して布団に潜り込んだのだった。

 

明け方、生暖かい空気が頬に流れてくるのがわかりフッと目を開けると目の前に息子の顔が。

「ママ、おしごとがんばった?おしごと、おわった?」と私に話しかけるアト坊の曇りなきキラキラしたビー玉のような目。

以前「ママ、どこに行ったの?」と所用で外出していた私をアト坊が探している際に適当な答えが見つからなかったのか、夫が「ママはね、お仕事に行ってるんだよ」とはずみで答えたのがキッカケとなり、以来私が家にいない=仕事とインプットしているらしい。

「お仕事終わったよ。ありがとうね。」と1日ぶりに力一杯抱きしめる。

「おしごとがんばったねぇ」と抱きしめられながら頭を撫でてくれる我が子の小さな手から伝わる温もりに幸福感と罪の意識を感じながら布団の中で一緒にしばし目を瞑る。

作業机の下に隠した戦利品の袋の中にはBで買ったお土産の電車のおもちゃも入っているのだ。早く渡してあげたいな。喜ぶかしらん。

 

こうして自分時間を満喫した休日明けの朝は、実は唯一私の頭の中から古本の存在が皆無になる瞬間でもある。休日に得た古本エネルギーは「今日も我が子の為に頑張るぞ!」という新たな燃料として有効活用されるのだ。

古本パワーが子育てパワーに還元される…毎回この一連の錬金術のような流れに気づくたびに何故だかほくそ笑んでしまう私なのであった。

 

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カラサキ・アユミ

1988年福岡県北九州市生まれ。

幼少期から古本の魅力に取り憑かれて過ごし、大人になってからは大好きな古本漁りの合間に古本にまつわる執 筆活動を行うように。

2024年現在、3歳になる息子にも古本英才教育中。

著書に『古本乙女の日々是口実』(2018)、本エッセイ「子連れ古本者奇譚」に書き下ろしを加え書籍化した『古本乙女、母になる。』(2023)がある(共 に皓星社)。

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