コラム

2023.12.29

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カラサキ・アユミ氏 コラム 子連れ古本者奇譚 第25回「古本乙女、年の瀬に思う。」

スーパーで「さて今夜の晩のおかずは何にしようか…」と陳列された売り物を眺めながら頬に手を当てて思案するあの主婦独特の仕草、ドラマや漫画だけで見られる描写なのかと思っていたのが、まさか自分にその仕草がすっかり板につくようになるとは数年前まで思ってもみなかった。

夕方、子供を幼稚園へ迎えに行った後に寄ったスーパーでは正月のしめ縄飾りがこれでもかと店頭に並んでいる。その風景はまさに新しい年がまるで勢いよくドアをノックしてきているように見えて思わず焦燥感に駆られた。

頬に手を当てながら肉売り場を回遊する。古本を買うとなると「欲しい!」となったら値段見境なくカートに突っ込む私も、さすがに「肉食べたい!」となって一番魅力的な高級和牛ステーキのパックを手に取るわけにもいかず、価格シールと睨めっこしながら結局鶏むね肉お徳パックをカゴに入れるのであった。

買い物カートのキッズチェアに乗せられている息子アト坊に目をやると、足をプラプラとさせながらキラキラと光り輝く店内のネオン装飾に表情を輝かせている。彼ももう2歳7ヶ月だ。母親になって三度目の冬の季節がやってきた。

あっという間に今年も終わろうとしている。

え?つい先日まで正月だったよね?そんな風に去年のこの時期も同じように時の流れの早さに驚いていた記憶が鮮やかに蘇る。

 

「歳を取るとね、時間の流れがもっともっと早く感じるようになるよ。」

不定期で勤務している喫茶店で珈琲豆にお湯を注いでいると、ポツリと、カウンター越しから70代〜80代の常連さん達からそう話しかけられることが年末が近づくにつれて自然と多くなる。そんな時、私はぼんやりと砂時計を思い浮かべる。

その砂時計は年を重ねていくたびに中身の砂の形が変わる仕組みで、若い頃は大小様々な大きさの粒が入れ混じりぶつかり合いながら細い管を落ちていくので速度が遅い。だが、月日が経つごとにそれら粒達はぶつかり合い摩擦で粉々になっていき、やがて極小の砂になっていくのだ。言わずもがなサラサラになった砂は落ちるスピードも速い。

歳と年月の体感を象徴する空想の砂時計を想像しては「確かに…そうですよねぇ。」と常連さんに返事をするのだった。

 

さぁ、しみじみしてたって時間は嫌でも過ぎていく。今日の残されたルーティーンをこなさねばと頭の中を切り替えて、14キロの息子とスーパーで買った食材が入ったビニール袋を抱えてヒィコラ言いながら長い階段を登っていくと、ちょうど郵便配達員さんの我が家のインターホンをまさに押そうとしている姿があった。

「速達です!」

そう言われて受け取った封筒の中には一冊の本が入っていた。

それを目にした瞬間、疲れが一瞬で吹っ飛んだのだった。

中から顔を覗かせたのは刷り上がったばかりの著書の見本だ。

そう!この冬、ご縁をいただきこの連載『子連れ古本者奇譚』の過去の回をまとめたものが『古本乙女、母になる。』というタイトルで一冊の本として出版されることになったのである!(版元である皓星社からは5年前に1冊目の著書『古本乙女の日々是口実』も発行している)

定価2,000円というしっかりとした価格ではあるが、書き下ろしも加え中のイラストはフルカラー、アト坊の手形足形が各ページに散りばめられていたりと遊び心満載な趣向が散りばめられた濃厚な一冊になっている。(絶賛全国の書店で発売中なので、見かけた際は是非お手に取ってみてください!)

古本乙女というのは、いつしか誰かがそう呼んでくれたフレーズがキッカケでいつの間にか定着したSNSでの私の通り名なのだが、いつまでも古本にトキメキが止まらない私にピッタリのネーミングでとても気に入っている。35歳になった今でも古本に対する乙女心は衰えていない。いや、私だけではなく世の古本趣味を持つ人間には永久不滅の乙女心が存在しているのである!

そんなわけで書籍化の作業も相まってここしばらくは古本趣味をセーブした日々を送っていたのだが、同時に、つくづく古本が我が人生において様々な影響をもたらしてくれたことの感慨に耽る日々でもあった。

 

先日、ちょうど校了したタイミングに新著の刊行前祝いと称して友人2人と久々に集まって打ち上げをした。

子供が生まれる前は頻繁に集まってレンタカーでいろんな場所に出向いたり、古本を漁りに行ったり、世を徹して語り合ったりする気の置けない仲だった彼ら二人は、交友関係が乏しい私にとって唯一〝すごく親しい〟と言える存在で、自分とは性別も年齢も職業も全く異なるが、互いに古本好きであり物事に対する価値観が共通しているので、一緒にいるといつも時間を忘れるくらい楽しい。古本関連でひょんなことから知り合って以来付き合いは長いが、その感覚はいつまでも変わることなくそしていつも新鮮だ。子供時代から友達作りが苦手だった自分が、まさか大人になってから古本が縁でこのような〝唯一無二の友〟を得ることができるとは夢にも思っていなかった。

子供が生まれてからは滅多に会えなくなってしまっていたので、今回こうして時間を作ってわざわざ地元へ祝いに二人が訪ねてきてくれたことがしみじみ嬉しかった。勿論アト坊も熱烈に母の友人の来訪を歓迎したのは言うまでもなく。ひとしきり彼らに遊んでもらってご満悦の様子であった。

夕方から地元の焼肉屋で乾杯し、2軒目の焼き鳥屋で古本について語りつつしっぽりと呑み、最後は夜景が見下ろせる展望台へ向かった。カップルの聖地と言われるロマンチックな展望台にあるカフェでホットコーヒーを飲みながら「フリマアプリでどんな検索ワードを入力していかに掘り出し物の一冊を探り当てるか論」に白熱したり、「いまからムーブメントがくる昭和の劇画雑誌はこれだ」だの「古本屋をやるとしたらどんな屋号が面白いか、こんな客は嫌だ」など背を丸めて各々くだらないおしゃべりを延々と楽しみ、涙が出るほど笑い転げた。お洒落カフェで小学生のような表情でマニアックなお喋りに花を咲かせるアラフォー3人の存在は異彩を放っていたに違いない。

自分が古本趣味を持っていなかったらこんな素敵な友人達に巡り合うことはできなかったんだなぁ、そう思うとなんとも不思議な気分になったのだった。

 

そう考えると、もし古本に興味を持っていなかったら私は今でも前職で働いていたのだろうか。もしあのまま社会人を続けていたら…と過去の自分の選択も自然と振り返るようになった。

 

「メインディッシュから食べない子は将来出世できんよ。」

これは母が食事の際によく放っていたセリフだ。幼い頃は特に外食の際に度々この言葉をかけられた。

トンカツ定食に付いてきた漬物が入った小鉢にまず箸をつけた時、またある時はハンバーグランチの付け合わせのポテトフライを真っ先にフォークで刺した際、チェックメイト!と言う勢いで指摘された。

おそらく、メインディッシュから食らう威勢の良さが日頃からないと大人になってから大成できない的なニュアンスで生み出されたフレーズなのだろうが、まだ社会というものがなんたるかを知らなかった当時の私は「出世すると良いことがあるの…?」と毎回キョトンとしていた。

母独自の発想で生まれたであろうこの独特な理論、普段から何気なくかけられていた一言が子供心に感じるものがあったのか、大人になってからもずっと私の胸の中に霞のように不確かな形を持って引っかかっていた。それでも相変わらず、目の前の唐揚げ定食の、皿の脇に添えられたサラダから食べ始めている自分であった。

出世というものが組織から評価されることであったり人より秀でたりするということだとすると、あのまま当時勤めていた会社で黙々とキャリアを積み上げ続けていけばそれなりの立場になっていたかもしれない、出世していたかもしれない。でも、代わりに大好きな古本趣味を100%楽しむことを諦めなければならない人生が待っていたのである。

出世できなくてもいい、大物になれなくてもいい、自分の好きな物事に全力で熱中し楽しめさえできればオールOKという結論に至った私は、だからこそ思い切って新卒から勤めていた会社を退職したのだった。

古本の為に人生を軌道修正したと言っても過言ではない。(同時に、その為に新たに頑張らなければならないことも勿論モリモリ生まれたわけだが…)

2冊目の著書がこの世に出ることになり、こんな風にしみじみと人生を振り返る2023年の年の瀬となった。

『古本乙女、アラフィフになる。』『古本乙女、老境編。』など、古本ライフのシリーズ本を出すのがささやかな夢の一つに新たに加わった。

これからも今までと変わらず古本趣味を自分のペースで楽しめていければこれ以上の幸せはない。勿論子育ても同様だ。

来年の抱負はまさに〝現状維持〟。これに尽きる。

願わくば、この連載タイトルに込めたように、来年はアト坊を連れて未踏の古本屋に訪れる体験も叶えたいとも思っている。

 

それでは、皆さま良いお年を!また来年お会いしましょう!

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カラサキ・アユミ

1988年福岡県生まれ。海と山に囲まれた地方都市在住。

幼少期からとにかく古本の事で頭が一杯な日々を過ごす。

肩書きの無い古本愛好者。友人は少ないが古本は沢山持っている。

大学卒業後はアパレル店員から老舗喫茶店のウェイトレスを経て、以降は古本にまつわる執筆活動等をしながら古本街道まっしぐらの自由気ままな生活を送っている。

(※2021年に第一子誕生、現在は子育てに奮闘中!)

著書に、古本漁りにまつわる四コマ漫画とエッセイを収録した『古本乙女の日々是口実』(皓星社)がある。

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