2023.08.29
コラム
この夏、空き家を2軒整理する手伝いをした。
手伝いといってもほとんど私はただただ、両親がせっせと作業している様子を横目で眺め、出てくるもの出てくるものに「わー」「へー」とか言ったり、部屋を駆け回るアト坊がイタズラをしないように追いかけたりと、ほぼ役には立っていなかったのだが。
空き家整理の1軒目は母方の大叔母の自宅、そして2軒目は父方の祖母の自宅で、いずれも居住者が高齢化や認知症の関係で一人暮らしが難しくなり施設に入ることによっての整理作業だった。
どちらも自分が高校生になるまでは毎年盆や正月には親戚一同が集まってワイワイ食卓を囲んでいた楽しい記憶が残る場所だったが、大人になって久しぶりに訪れると静けさが染みついた空間と化しており、時の流れの残酷さのようなものが肌にピリピリと伝わってきた。
さぁ大変なのは我が両親である。これにて、既に鬼籍に入っている母方の祖母の家も含めて3軒の物件を管理することになったからだ。「こりゃ大変なことになったぞ‥」とため息をつく二人の背中がより小さく映った。両親ももう60代に突入。歳を取ったなぁと感じさせる場面も増えてきた。故に娘としては心配も募るばかり。
実際、空き家の管理ほど大変なものはない。お金も時間も奪われる。維持費(ガスは止めても定期的に点検に訪れないといけないので水道と電気は通しておかねばならない)、火災保険、固定資産税…。
都心に近かったり交通の便が良い立地の物件だったりしたならまだ全然救いがあるが、なんせ3軒とも実家から車で数時間かかる場所にある。庭の草木の手入れや家の空気の入れ換えに行くのも一苦労。
仮に不動産屋や役所の空き家バンク等に相談して格安で売りに出したところで恐らく買い手が付かぬであろう田舎の辺鄙な場所にあるのだ。(しかもこのテの場合、古い家を解体して更地にしないと売れないらしい。もちろんウン百万の解体費用はこちら持ちである。それが3軒となるともう思考回路は停止である。)
リノベーションして流行りの古民家風カフェにしたり隠れ家的な雰囲気を売りにした小商いのテナントとして活用したりするのもありだが、そのような財力や商才が我が一族は悲しいかな一切持ち合わせていない。よって虚しい空想で終わるのであった。
そんなこんなで先先の流れを考えることに疲れた両親は「一旦どうするかは保留で。まだ私たちも元気だし。なんとかなるでしょ。」と現状維持を決め込んだ。
その様子を見た私はすっかり真綿で首を締められるような気持ちになってしまった。
娘としては両親が健在の今のうちに、この空き家問題を彼らに早急に解決しておいて欲しいのが切実な願いだ。
このままだと将来この大変な火の粉が降りかかるのは間違いなく私だからである。万が一両親が要介護になった場合やもしくは亡くなった後は、私がこれらの空き家の管理を引き継がねばならない。おまけに今両親が住んでいる実家も含めることになると合計4軒!ありえないありえない!想像するだけで震えてしまう。
ちなみに長男である私の兄は東京に家庭を築き、故郷にはきっと戻ることはないのでアテには出来ない。
せめて荷物の処分だけでもなるべく早く終わるよう目処をつけて欲しい…という目論みもあり、現状把握の為に腕白盛りの2歳児をわざわざ引き連れて両親の空き家整理作業に同行したのであった。
それにしても、残された荷物の整理は当たり前だがなかなか捗らない。
御齢九十を超える祖母が住んでいた古い長屋や大叔母が住んでいた二階建ての木造家屋には膨大な荷物が蓄積されていた。
衣類に寝具、食器や家具に家電…。
ある程度高い金額を出して住宅整理業者やリサイクル業者を依頼する人たちの心理が痛いほど理解できた。
どこから手をつければ良いかわからないのである。
その中でも3軒に共通していた問題が〝面倒な蔵書〟の存在だった。
まずは亡き祖母宅の立派な書棚に収まる大量の分厚い大百科事典や文学全集。その数10〜20冊である。
当時としては高い金額を出して購入したであろうその本達は、読み物としてではなく飾りとして役目を果たして来たのだろうか…というくらい綺麗な状態でガラス扉の向こう側にズラリと並べられていた。
こんな立派な本を捨てるのはなんだか罰が当たりそうで気が引けるし、かといってなまじ古本界の事情を知っている身としてはこれらの本は、古本屋に持っていっても嫌がられるだけの代物で買い取っては貰えない結末(※文末註参照)がわかっているので、なんとも切ない気持ちになった。
その他の棚には過去のベストセラーのラインナップの文庫本単行本が並び、新古書店で110円棚にささっているようなものばかり。
これまで蓄積してきた我が古本知識がようやく活用されるのがこんな瞬間(身内の蔵書鑑定)というのがなんとも悲しかった。
また、英語教師をしていて詩作が趣味だった大叔母の書棚には大量の語学書や専門書、そして詩の同人雑誌のバックナンバーが数千冊も積み上げられていた。もう何年も開かれたことがない本達にはたくさんの埃が積もっていた。これらも精査したがやはり資料的価値のあるようなものも無く、又次の読み手への需要もなさそうなものばかりで、リサイクル資源として処分するしか他に道はなさそうだった。
住む人間がいなくなった家屋に残された荷物が、残された親族にどれほどの重荷になるのかを痛感させられた。
よくよく考えると私も他人事ではない。
なんせこの3軒分の蔵書以上の量の本達が我が家には存在しているからだ。しかもそれらの本達は減ることは一切なく、日々着実に増え続けているのである。
私が祖母や大叔母と同じくらいの年齢になった時、それらの本はもはや『いつか読もうと思った世界』というタイトルが付けられた〝飾り〟になってやしないだろうか。祖母の家に置かれたあの大量の百科事典のように。埃をかぶっていた大叔母の蔵書のように。
そして、その光景を見てその頃には中年であろうアト坊は愕然とするのではないだろうか(もしかしたら孫もその場にいるかもしれない)。
いや、私が買い集めてきた本には価値があるから(あくまで私の希望的観測)誰をも困らせるような存在にはならないはず。むしろ感謝されるかもしれない(これは流石に調子に乗りすぎ)。
恐ろしい未来図を吹き飛ばすように頭をブルブルッと振った。
「ちょっと休憩しようか。スーパーで買っといたアイスでも食べようや。」
作業がひと段落した母が私と息子の分のソフトクリームを持って来てくれた。
あまりの暑さで蚊も出てこないので、換気も兼ねて縁側の引き戸を全開にして風を通す。
縁側で足をプラプラさせながら勢いよくアイスに齧り付くアト坊の隣に座ってハムッとソフトクリームの先端にかぶりつく。
「娘として親として考えなくちゃならないことって色々あるんだな…。でも、まずはこれだけは言わなくちゃ。」
振り向くと憔悴した両親が二人して畳の上で途方に暮れながら棒アイスを舐めている。年季の入った扇風機がカラカラと回る音が和室に響いた。吹き寄せる生暖かい風が気分をさらに滅入らせる。
「ねぇ、本だけどさ、あれはもう回収センターに持っていくしかないよ。古本屋も買い取れない内容だからさ。行くんだったら今日持って行こうよ。本縛るの私手伝うし。」
「うーん…まぁその内にね。今日は疲れたからまた今度ね。」
私の発言に対する母の力のない返事が歯痒かった。
きっと面倒の方が先立ってこのまま時の流れに任せて処分はしないだろう、そんな空気が感じ取れた。だが、それではこちらが困るのだ。
それにしても、己の将来の不安を解消したい為とは言え、両親に資源ごみとして祖母や大叔母の蔵書の処分を催促し回収施設に持ち込む背中を押さねばならない自分の役目の辛さたるや。
悶々としながら体勢を戻してソフトクリームを食べようとすると、小さな手がにゅっと伸びてきた。すっかり自分の分は食べ終え、口の周りにアイスクリームの泥棒ひげを生やしたアト坊が笑いながら私のソフトクリームを掴みかかっていた。
「食べてもいいけど、その代わり将来母ちゃんの古本趣味を悪く思わない?」
「うん!」(全ての問いかけにこのように返事をするアト坊)
2歳児にはまるでなんのことだかわからない、それもソフトクリームの交換条件にしてはあまりに無相応な約束を一方的に取り付けて勝手に安心している、大人げない私であった。
※管理者註
文中に記載のある百科事典、及びかつてのベストセラーの文庫本・単行本について、古書店が買取を渋るというような描写がございますが、一部の例外はあるものの、こういった傾向があることは事実です。
背景には昨今の事情(デジタル機器で簡単に検索ができ、その情報も手軽に持ち歩くことが可能なこと、住居に重量のある紙媒体書籍を収納する余裕がないことなど)があり、消費者が購入に消極的であるケースが多く、再販の見込めない商品を買い取ることは古書店も難しいのです。
決してそれらの書籍の価値が低いという意味での記載ではないことを、改めてここに記載させていただきます。
また、一口に”百科事典””重量のある書籍”が買取お断りというわけでもございません。資料的価値が高いもの・希少性の高いものは買い手が付くことも多く、その可能性を探る場としても当サイトをご利用いただければ幸いです。
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カラサキ・アユミ
1988年福岡県生まれ。海と山に囲まれた地方都市在住。
幼少期からとにかく古本の事で頭が一杯な日々を過ごす。
肩書きの無い古本愛好者。友人は少ないが古本は沢山持っている。
大学卒業後はアパレル店員から老舗喫茶店のウェイトレスを経て、以降は古本にまつわる執筆活動等をしながら古本街道まっしぐらの自由気ままな生活を送っている。
(※2021年に第一子誕生、現在は子育てに奮闘中!)
著書に、古本漁りにまつわる四コマ漫画とエッセイを収録した『古本乙女の日々是口実』(皓星社)がある。
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