コラム

2023.01.26

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カラサキ・アユミ氏 コラム 子連れ古本者奇譚 第14回「古本者の階段話 ~理想の物件は何処に~」

先日、近所の空き物件を見に行った。

 

生きている限り無限に増え続けていくであろう古本達を心置きなく積み上げられる場所があればなぁとぼんやりと思い始めて、はや数年の月日が流れた。

その間、ある時は不動産サイトで、ある時は散歩中に見つけた貸間有りの貼り紙を見かけては色んな物件を見て回った。

だが、残念ながらこれまでチェックしたどの物件も自分が掲げる「条件3つ」をクリアすることはなく、古本倉庫計画は未だ夢の域から脱せていないままだった。

 

条件1 自宅から徒歩30分圏内であること

条件2  家賃は3万円以下であること

 

そして条件3に関しては後々に書くのだが、条件1、2と同様にこれもなかなかクリアが難しい。

おまけに自分が住んでいるのは地方都市の小さな町なので、都心と違ってなかなか新着物件が出てくることも少ないときた。

 

やがて子供が産まれ、初めての子育てに髪を振り乱す日々が始まり、すっかり物件のチェックどころではなくなった。

だが、子供がスクスクと成長していくにつれ、衣食住の中に大量の古本が存在することの大変さを改めて目の当たりにする機会が着々と増えてきた。

生活スペースに醸される圧迫感、本をおもちゃとして認識している我が子から本棚を守る為に万里の長城並みに設置されたベビーサークル。

そして何より本が多いということは、つまり埃がたまるペースも早い。

ハウスダストが幼い子供にとってアレルギー性鼻炎の原因になり得ると知って以来、毎日あくせくと床や棚を掃除する大変な作業が新たに加わった。

独身時代は全く気にしなかったことが子供を持った瞬間に脅威に変わってしまったのだ。これには頭を抱えるハメになった。

なんと言っても一番の悩みはやはりスペースの問題である。

将来子供部屋に使う予定の部屋には現在所狭しと本が積み上げられ、足の踏み場もない状態。だが必ずやってくるのだ…この部屋を空っぽに片付けなければならぬ日が…。そうなるとこれらの本達の行き先は…。

数年前に庭に設置した物置(あの〝100人乗ってもダイジョーブ!〟でお馴染みのイナバの物置)の中も見事に〝処分するのは惜しいけどもう開くことはないであろう自宅から隔離された本達〟の墓場と化してしまった。草刈機や不要な家財道具も加わり、なかなかのカオス状態になっている。

 

子供のことも大切だが、好きなものはやめられない止まらない…。

愛する古本と今後もうまく共存出来る道は他にないのだろうか。

「この家とは別に古本を置ける場所さえあれば…!!!」

古本を買うのを自重するとか古本を処分する、という大人の選択肢が浮かばない点が我ながら惚れ惚れとする。

 

手頃な価格で借りられるトランクルームという手も考えたが、やはり大事な古本達を置くからには「ちょっと珈琲でも飲みながら本を読んでみるか」とくつろげる空間の方が良い。

根気強く探せば案外良い部屋が見つかるかもしれない、そんな根拠なき自信がしばらく薄れていた古本倉庫計画に再び火を灯したのだった。

そうこうする内に子供が保育園に通うことになり腰を据えて物件探しに取り掛かった途端、一軒の新着物件の情報が目に入ってきた。

 

さて、前置きが長くなってしまった。

今回見学したのは閑静な住宅街にある築60年の木造家屋で、家賃は25,000円。部屋数は3畳、6畳×2部屋、8畳の申し分のない広さ。おまけに押し入れもあり収納力も素晴らしい。

風呂なし、トイレは洋式だが便座に座るのは遠慮したい佇まい。別に住むわけではないのでその点はノープロブレムだった。

 

ライフラインは電気さえあればポットでお湯を沸かしてコーヒーを淹れたり、カップラーメンも食べたりすることが出来る。トイレは近くにある公園の公衆トイレを利用すれば良いし、ほどほどの自然が残り古い街並みが続く近辺は窓からの景色も悪くない。

なんだここは、最高ではないか。しかもアト坊(息子)を散歩がてら遊びに連れて来られる距離だ。

これまで見てきた物件の中で一番雰囲気の良い部屋だった。

だが、「ここに決めよう!」という言葉は勢いよく出てこなかった。

最初に目にした急勾配の階段の存在が気持ちにブレーキをかけていたのだ。

 

理想の古本倉庫に求める第3番目の条件、それはズバリ〝長い階段もしくは急な階段が無いこと〟である。

この物件、元は古いアパートだったのを改築した仕様で、一階は既に居住者あり。貸し出されている2階の部屋には階段を登っていかねばならなかった。普通の階段だったら許容範囲なのだが、ここのはよりにもよって急斜面を梯子で登るが如くのハイレベル階段。しかも築年数と相まって階段の軋み具合もビンテージを通り越してアンティークに近い音色が奏でられていた。

 

「やはりここもか…くっ」

マスクの下で唇をぎゅうぅぅと噛み締める。

 

そう、賃料が安いということは理由があってのこと。この物件の場合、風呂なしと築年数の古さとは別にこの階段が要因だった。

 

思えば、これまで見てきた物件もそうだった。

エレベーター無しの3階建アパートの最上階の一室、長い長い階段を登った先にある古民家。いずれも息切れ必須のロケーションである。

 

逆に階段が無かったパターンでは、家賃が1万円代の平屋を見に行った際に天井が雨漏りで朽ち果て畳から植物が生えた部屋が出迎えてくれたこともある。

 

過去の物件で遭遇した様々な記憶を思い出しながら、部屋の窓から見える階段を恨めしげに眺める私に不動産屋のお兄さんも営業トークは一切せずに「…これは確かに荷物の持ち運びにはキツいっすねぇ」と苦笑いの反応だった。

 

と、言うわけで産後初めての物件内見は一旦保留という結果に終わったのだった。

 

なぜ私が階段にそこまで執着するのか?

それには大きな理由がある。

 

今住んでいる家は小高い山の上に建っており、眼下には海が望める。

元々は別荘として建てられたもので、大体訪れた人のほとんどが「いやぁ、景色サイコーですね。」と言ってくれるくらい眺望が良い。

老後は海を眺めながらロッキングチェアに揺られ本を読む穏やかな暮らしがしたい…そんな妄想が広がり、数年前に勢いで購入に至ったのだった。

ここまで書くと「自慢かよっ」と吐き捨てられそうだが、違う違う、ここからが肝心の本題なのである。

この愛しの我が家、歳を取るにつれて〝とてつもなく脚にクる〟ことが住み始めてわかった。

車の乗り入れが出来ない場所にあるので山の上まで自力で登らねばならない。

 

自慢ではないが、引越し業者から「お宅の引越しだけはもう2度としたくありません」とまで言われたことがある立地だ。

引越し当日、到着した2トントラックにはパンパンに積み込まれた荷物。その3分の2を占めていたのが、本が詰まった鉛のように重い段ボール達。

時期は灼熱の8月、快晴の青空の下、降り注ぐ日差し。

100段近くある自宅まで続く地獄のような階段。(しかも舗装もあまり施されていないので段の勾配もバラバラときた)

ここまで書くと、引越し業者からそのような言葉を放たれたのも十分理解してもらえるだろう。

早朝、トラックから降りて「宜しくおなしゃぁーーース!!!」と猛々しく挨拶をしてくれた3人のフレッシュな若者たちは荷物の運搬を終えた午後には干涸びたミカンの皮のようになっていた。あの時の表情。

私の古本達が彼らにこんな仕打ちを…!とそれはそれはもう罪悪感が凄かった。

 

その後、この新居でスタートした我が古本ライフに階段によって修行のような過酷さが加わったのは言うまでも無い。

動悸息切れ、そして膝の悲鳴が側に寄り添いながらの戦利品(古本)運搬、果たして10年後に同じ作業ができているだろうか。ううむ、不安しかない。

 

だから、せめて古本倉庫は足腰に優しい場所であって欲しい。

故に、第3の条件は古本者である自分にとって必須項目なのである。

 

楽しい古本生活を今後送る為には、自宅まで続く長い階段に最新式昇降リフトを取り付けて庭にもう一軒古本専用の小屋を建てるor足腰に優しい古本倉庫を探し出すか、この二択のみと言って良いだろう。

前者は庭から石油が湧き出るか、もしくは宝クジが当たらない限り無理だが。

 

側から見ている夫からは「馬鹿じゃないの」と呆れられているが、こちとら老後も輝く古本者でありたいのでかなり真剣である。

諦めずに今度は古い長屋物件を見学する予定だ。

さぁ、果たして今度こそ一期一会の出会いになるか⁈⁈⁈

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カラサキ・アユミ

1988年福岡県生まれ。海と山に囲まれた地方都市在住。

幼少期からとにかく古本の事で頭が一杯な日々を過ごす。

肩書きの無い古本愛好者。友人は少ないが古本は沢山持っている。

大学卒業後はアパレル店員から老舗喫茶店のウェイトレスを経て、以降は古本にまつわる執筆活動等をしながら古本街道まっしぐらの自由気ままな生活を送っている。

(※2021年に第一子誕生、現在は子育てに奮闘中!)

著書に、古本漁りにまつわる四コマ漫画とエッセイを収録した『古本乙女の日々是口実』(皓星社)がある。

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