2022.10.28
コラム
台湾北西部に位置する新竹市。科学技術産業の盛んなエリアとして近年発展を遂げるこの地で古書店「玫瑰色二手書店(Rose-colored Usedbook)」は2019年にオープンした。児童書を中心に、文学、人文書、ビジネス書、ライフスタイル本など多分野にわたる古書に加えて、中古CDも取り扱っている。
古い台湾家屋に木を多く取り入れた柔らかい佇まいをしたこの古書店を経営するのは阿金(35)とLos(30)の2人組。「古書店の仕事は多岐にわたる」ため、2人は自らのことを店員ではなく〝雑工(なんでも屋さん)〟と呼ぶ。
古書店をオープンするまでの経緯、新竹という地を選んだ理由、台湾の古書店事情など、2人の〝雑工〟にさまざま伺った。
「玫瑰色二手書店」共同創業者の阿金(左)とLos(右)
―― お店を始めるまでの経緯を教えてください
阿金 もともと私たちは古書店「茉莉二手書店」の異なる店舗でそれぞれ働いていました。「茉莉二手書店」は台北、台中、高雄で計5店舗を展開する有名な古書店です。大学を卒業してからしばらくそこで働いていました。私は途中で転職をして、IT関係の仕事も一時期していました。そんななか、転機が訪れたのは、Losと一緒に台南旅行に行ったときのことです。
台南は今も台湾のなかで古書店が多く集まる場所として有名です。そのなかでも一目置かれていた「城南舊肆(じょうなんきゅうし)」という古書店を訪れたとき、「自分もお店を開きたい」という思いが突如芽生えたのです。今思い返しても不思議なのですが、それまで古書店を開きたいなんて考えたこともなかったんです。ところが、店内を歩きながら、自分がすでに古書店の経営に関するノウハウを十分に心得ていることに気づいたんです。
たとえば、どの本を見ても古書としてどれくらいの価値がつくか、どの年代に出されたものなのか、だいたい見当をつけられるようになっていました。そのほか、本の仕入れ、整理、接客、経理、お店のレイアウトといった古書店を営む上で必要な知識が、「茉莉二手書店」や他の企業で働くうちに蓄積されていたんですね。
Los 台南旅行から帰ってきて2週間くらいして、「一緒に古書店を開こう」と阿金から連絡がありました。阿金はIT企業で働きながら、事業計画、お店の内装のイメージ、資金など細かいところまで練り上げていたんです。
―― すごい速さで事が進んだのですね。店舗のイメージなど、2人のなかである程度の共有はできていたのですか?
阿金 店舗のイメージについていえば、正直、当初私は今の店舗の構造にはあまり賛成ではなかったんです。ここはLosが見つけてきた物件で、もともと約50年前に日本人が所有していた家屋で、ガラス工房や居酒屋として使われていました。居酒屋が撤退して数年が経ったあとで、その日本人がここを手放しました。その後、私たちが改装して「玫瑰色」をオープンしたんです。
要するに、ここは古い台湾家屋の細長い構造がベースにあるんですね。しかも、キッチンやリビングなど1つ1つの部屋がセパレートされているので部屋数も多い。家屋の中心には中庭もあって、透光性の高いPVC板の天井から自然光が差し込みます。その中庭の奥にはまた別の部屋が続いていて、非常に奥行きのある構造になっています。私が抱いていた古書店のイメージは、店内の空間は正方形で、どこからでもお客さんの顔が見えるというものでした。だから、最初Losがここの物件を見つけてきたときは、少し戸惑いもありました。
「玫瑰色二手書店」の外観
Los 1階には中庭も含めて、それぞれの部屋に本を置いています。お店に来てくれたお客さんからは、「お店というより、家のなかにいる感じがすごくする」と言ってくれる人も多くて、アットホームな雰囲気を出せているのかなと思います。部屋から部屋への移動にも、ちょっとした迷路みたいな楽しさがあるのかもしれません。2階は1部をオフィスとして、それ以外はワークショップやイベント会場として利用しています。
―― 屋号の「玫瑰色二手書店」は何に由来しているのでしょうか?
阿金 英語の「Rose-colored glasses」という慣用表現に由来しています。直訳すると「バラ色の眼鏡」で、「何でも美化してしまう」「良いところだけを見てしまう」など通常はネガティブな意味合いで使われている表現です。
でも、私たちはそれを楽観主義の大切さを説いた言葉として受け止めています。これから科学技術がますます発展するなかで、多くの産業は厳しい未来に直面するでしょう。でも、そうした未来を悲観するのではなく、〝変わりゆく世界のなかでどのように自分たちの場所を確保していくか〟と状況を前向きに捉えていくことが大切だと思うのです。
現実を悲観することは簡単です。悲観したくなるような現実を前にしても、それに応戦する手段を見つけ出して、楽観的に前に進んでいくことのほうが遥かに難しいです。辛いときでも、〝バラ色の眼鏡〟をかけて前に進んでいきたい――そんな思いをこの屋号に込めました。
絵本・児童書のコーナー。店内ではジャンルごとに本が陳列されている
自然光が差しこむ中庭にも本棚が並ぶ
―― 新竹という街を選んだのは何故でしょうか。また日本の読者のために、新竹を紹介していただけますか。
阿金 新竹は人口44万人ほどの小さな町です(台湾の人口はおよそ2340万人)。日本のつくば市に例えられることの多い場所で、科学技術産業の発展に力を入れている場所なんです。半導体で有名な台湾積体電路製造(TSMC)の本社もここ新竹にあります。
新竹の特徴はなんといってもその〝若さ〟でしょう。お店の出店場所を考える際に、内政部が出している人口統計に目を通したのですが、新竹に住む人の平均年齢は今も「39.48歳」と若く、出生率も台湾のなかでトップ5に入る高さを誇ります(2020年の統計データ参照)。実際に生活をしていても、子どもや若いファミリー層が多く住んでいるのを実感します。ちなみに、私たちのお店が児童書を最も多く取り扱っているのも、読み終わった児童書を「次の世代の子供たちに」と色々な人が売りに来てきてくれるからです。
私は台中の出身で、Losは高雄の出身で、どちらもこの地で生まれ育ったわけはないのですが、そうしたデータを見て、これから新竹はどんどん発展していくだろうと考えたのです。
古書店正面に掛かる看板
Los 私たちのお店は、閑静な住宅街のなかにあります。お店の面する通りは一方通行なので車通りも少ないです。
お店をオープンしたとき、周りには古書店がありませんでした。決して「競合他社がいないから」選んだわけではありません。「古書文化をこの地に根付かせたい」という思いで新竹を選びました。
「台湾には多くの古書店がある」とこの取材の質問事項に書かれていましたが、私たちとしては「もっとたくさんの古書店があってもいい」と思っているんです。というのも、今ある古書店の多くは台北や台南などの一部の都市に極端に偏っていて、地方には古書の文化がまだ十分に根付いていません。そうした地域に住む人には、自宅の蔵書を古書店に売るという発想がなく、リサイクルセンターに持っていったり、そのまま処分したりすることが多いです。実際にオープン当初には、図書館と勘違いしてお店に来たお客さんも多くいました。
―― 都市部とそれ以外の地域では古書店への認識にそれほどまでの差があるんですね。
Los 私は、一部の都市に古書店が多く集まってしまうと、「古書の良質な循環」が保てなくなると思っています。本来それぞれのエリアにあった知的資源が、市をまたいでどこかの一都市に集中し、そこでのみ流通するという状況は好ましくありません。古書店には〝知識の循環〟を担っている側面があると思うのです。そうした意味でも、台湾の地方に古書店はもっと増えてもいいと思っています。
私たちの住む街の人たちに古書というものを知ってもらうためには、まずお店に足を運んでもらうことが重要だと考えました。それと同時に、外から来た私たちが新竹を知ることも、この地域にお店を構えるうえで非常に大切だとも思いました。そこで、新竹の街の歴史に関連するワークショップや音楽のミニコンサートなど不定期で開催しています。
阿金 最近、隣町の竹北にあるショッピングモール内に「玫瑰色」のインショップをオープンしました。そこでは古書の買取・販売を行っていて、さらに町全体として初めての古書店になります。今後の展開はまだ考えているところですが、ショッピングモールとあって新竹の本店とは全く異なる環境で、訪れるお客さんも異なっていて新鮮に感じています。
―― 2019年にオープンして翌年の2020年からコロナ禍に見舞われました。オープンしてからの3年間、お店の経営は困難を極めたのではないでしょうか。
Los コロナ禍になってから大変になったというよりは、創業1年目から大変でしたね。ゼロからスタートするわけですから。コロナ禍では時期によっては営業時間の短縮などマイナスの影響を受けた時期もありました。逆に少し状況が落ち着いて、文化・芸術産業への支援としてクーポンが発行された時期もあって、それでマイナス分を少しカバーすることができました。
コロナ禍でお店に来る人が減ってしまったことは残念でしたが、その時間を使ってHPを刷新しました。またお店の在庫にある古書や中古CDのラインナップをHP上にも反映させました。
阿金 初めに準備した資金があって、それが尽きるまでは何とか策を絞り出していこうと頑張ってきました。2年目からコロナ禍に見舞われましたが、幸いに今のところ業績は毎年少しずつ伸びています。
店内の様子。手前の棚には翻訳された日本の漫画が並ぶ
Los ひとつの小さなプラットフォームになりたいというのが私たちの願いです。科学都市として発展する新竹には、仕事の関係で外からやってくる人が多くいます。そうした人たちに仕事以外の面で新竹をもっと深く知ってほしいという思いがあります。それも私たちがワークショップを開いている理由のひとつです。
「玫瑰色」という空間は、有形の書籍と無形の空気や感覚が互いに影響しあって作り上げられています。オープンしてからの3年間、さまざまな人がこの店を訪れてくれました。その人たちがこのお店を形づくっているのです。今後も新竹の人に寄り添ったお店でありたいです。
阿金 台湾で歴史のある街というと、多くの人は台南を思い浮かべますが、実は新竹も300年を越える歴史を有する街なのです。また日本とも関わりの深い街で、古い日本式建築も多く残っています。日本の皆さんなら、初めて新竹を訪れたとしても、どこか〝懐かしさ〟を覚えるかもしれません。
現代と過去、科学と文化、外から来た人と新竹で育った人――さまざまな要素が混じりあって成り立つ新竹の街にぜひ足を運んでみてください。
◇玫瑰色二手書店
ホームページ: https://rosecoloredbook.tw/
Instagram: https://www.instagram.com/rosecoloredbook/
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