コラム

2022.06.27

コラム

カラサキ・アユミ氏 コラム 子連れ古本者奇譚 第7回「今度は古本市で蔵書を売ってみた、の巻 【後編】」

「い、いらっしゃ…あっ…」

「いらっ…」

先ほどから自分のブースの前で立ち止まるお客さんにナチュラルに声がけをしようと試みるも、てんで駄目だ。誰も彼もが並べている本達を数秒眺めるだけでサッと去っていく。

恥ずかしがって文庫本を格好つけて読んでる場合じゃない!ここは印象を明るくして少しでもお客さんにアピール!そう気合いを入れて顔を上げた私は、すっかり挫けそうになっていた。

こ、こんなにも自分が持参した古本達が興味を持って貰えないなんて…!(前編はこちらから)

〝いらっしゃいませ、どーぞ、見てってくださいねー!〟

他の出店者さん達が軽やかに言い放つフレーズ、それに応えるようにはにかみながら並んでいる本をしゃがんで物色するお客さんの姿。

右を向いても左を向いても繰り広げられているその光景が何とも眩しく映る。

気がつけば一箱古本市が開始して優に1時間は経っていた。

マスクの中は深いため息を吐き続けたおかげでサウナ状態に。

「もしかして今日はこのまま終わるのでは…」

 

そんな時に夫からメールが届いた。

「売れてますか?本は順調に減っていますか?」

なぜか敬語なのが少し怖い。手汗を滲ませながら返信の文字を打つ。

「うーん…バッチグー⁉︎」とだけ書いて送信した。

この世にこれほど〝はぐらかし〟を凝縮した返しがあろうか。

しばらくして、息子が昼ごはんを食べている姿と昼寝をしている画像だけが送られてきた。

「うぅ…せ、せめてこの子のミルク代分だけでも売れて欲しい…!」

無邪気な我が子の写真を見て、またため息が出た。

 

ひょんなきっかけで隣のブースに出店している店主さんと会話が始まった。

九州で開催される様々な一箱古本市の出店常連さんらしく各イベントの特色や個性を細かく教えて下さり、これがまた大変面白かった。

驚いたのが、建築デザイン関係の洋雑誌を大量に並べていた若い女性出店者さんの話で、飛ぶように売れた結果なんと開始早々「もう売るものが無くなったので帰ります。」と言って颯爽と撤収したそうな。

しかも前回開催されたこの場所での一箱古本市の出来事とのこと。

ぐぐ…なんてカッコいいんだ!そして羨ましい!やはり〝お洒落感〟なのか!求められているのは!どうせ埃っぽい古本はウケませんよなぁぁぁ!と私のひねくれた精神がさらにねじれていくのがわかった。

 

 

「えっやばっ これ超可愛くない?」

「うわっ めっちゃエモいー!」

諦めモードで再び文庫本に逃避していた私の目の前に、緑と紫のカラフルな二つの頭がツムジを見せて並んでいた。

今風のファッションに身を包んだ女の子二人組がしゃがみ込んで興奮しながら本や紙物を物色している。どうやらお向かいにある美容室のスタッフさんらしい。休憩の合間に立ち寄ってくれた様子で、戦前の雑誌の付録本や昭和レトロな絵柄が可愛いメンコの袋詰めやらを面白がって色々買っていってくれた。

準備しておいた釣り銭袋が今日初めて活用された瞬間だった。

「ありがとうございぁしたぁー!」

勢い余って居酒屋スタッフのような威勢の良さで叫んでしまった。

 

彼女達が福の神になってくれたのか、やがて次々とお客さんがやってきた。

 

古い映画の本数冊を選んでくれた近所の喫茶店のマスター。

うんうん、お似合いです。

清楚なお嬢様という雰囲気の女性が楽しそうにチョイスしたのは、まさかの昭和のお色気写真が満載の本。

「え⁈この人が⁈」という驚きと共に、この本の面白さを理解してくれる人がいるんだ!という嬉しいギャップと遭遇できるのも手渡しで本を売る楽しさのひとつだ。

 

真剣な表情で本を手にする中学生くらいの姉弟も印象的だった。

「これ…すごく面白そう…」

「俺もこの本買おうかな…」

それぞれ二人が注目している本を思わず覗き込んでみる。

お姉ちゃんは旅館の女将さんによるサービスの心得を説いた本を、弟くんの方は昔ながらの喫茶店で繰り広げられる人情漫画だった。

どちらも私が特に気に入っていたもので、まさかこんな渋いマニアックな本をこんな年若い子達が嬉しそうに手に取ってくれるとは全く思いもしなかったので、本当に嬉しかった。お節介とは思いつつそれぞれの本の面白さを力説すると二人とも目を輝かせながら聞いてくれた。

「これ買います!(私を見て)あんたの分も私が払ったげるよ。(弟を見ながら)」

「え、いいの?やったァ!ありがとう…!(すごい嬉しそう)」

姉弟愛溢れる場面も見せて貰って胸がいっぱいになったので、思わず100円ずつおまけをしてあげた。

 

昭和初期の観光土産葉書と観光ガイド本を買ってくれた60代くらいの男性は「やっぱりさ、楽しいんだよね!こればっかりはやめられないね!」とこちらまでルンルン気分が移りそうな調子で話しかけてくれた。

マスクをしていてもわかるくらいの満面の笑みだ。いいなぁ、何かを全力で楽しんでいる人を見るとこちらまでワクワクしてくるじゃないか。

古い時刻表や昔の観光地のパンフレットを骨董市や古本屋で探し求め、自宅でそれらを机に広げお酒を飲みながらタイムスリップ擬似観光をするのが最高の楽しみだそうだ。

私も、人から見たら「え!ただのゴミじゃん?」と言われかねない古い紙物(昭和の広告チラシや包装紙など)を眺めるのが好きなので、この方には共感の嵐だった。今度真似して私も机上タイムトラベラーになってみよう。

 

その後も本を通して色んなお客さんの楽しそうな表情に出会った。

最初に芽生えていた、やさぐれ精神はすっかり消え失せていた。

一冊一冊本が売れる度に心の中で丁寧に別れの挨拶を呟いた。

本が新しい持ち主と出会う、それは私と本とのお別れの瞬間でもあるが同時に美しい瞬間だ。やっぱり、本って嬉しい存在だよなぁとしみじみ思った。

 

こうした一箱古本市ならではの醍醐味をずっと存分に味わっていたかった。

だが、終了時間が近づくにつれて「帰り、どうしよう…」この問題が激しい雷雨を予感させる積乱雲のように私の脳内にモクモクと漂ってきた。

売れているとは言え、持参した量が量なだけにやはり大量の本が売れ残る結果は確定しつつあったからだ。

これを担いで、電車に乗ってバスに乗って…様々なシミュレーションを試みるが、いくら頑丈に出来ている私の肉体をもってしても自滅する結末しか浮かばなかった。

夫に助け(迎え)を要請するか…いや、今朝あんなに強気で啖呵を切ったのもあるしなぁ…でもなぁ…。不相応なプライドがチラついた。

そうこう悶々としている内にとうとうイベント終了の時刻を迎えてしまった。

 

他の出店者さんがものの数分で撤収作業を終え「お疲れ様でしたー!」と爽やかに立ち去っていく。やがて、大きな旅行鞄と登山用リュックに試行錯誤しながら売れ残った本達を必死な形相で詰めていく自分一人が商店街に取り残されていた。

 

ようやく荷物を一纏めにし終えたところで、どっこいしょと両手を腰に当て深呼吸する。頑張って自力で帰るかぁと覚悟を決めた時だった。ん?ハッと目を凝らす。人もまばらになった夕暮れの商店街、遠巻きに見覚えのある顔が2つこちらに向かってくるのが見えた。あれは…息子と夫だ!! おぉ神よ!!!

全てを察したかのような表情で歩みよる夫の背中からは後光が差していた。

夫婦愛を噛み締めながら目を潤ませる私の存在を無視して旅行鞄の持ち手をグイッと持ち上げてみる夫。(重さで軋む音)

「…やっぱりあんまり減ってないね。」

「へへっ。でも楽しかったよ。」

 

夫に荷物運びを任せ、息子を抱っこする。最近体重が増えてすっかり重たくなったなぁ、でも大量の古本の重さに比べたらまだまだ平気だ!と思えた。

 

コインパーキングに停めてある車に荷物を詰めた後、近くの喫茶店でお茶をすることに。向かった先は今日、古い映画の本を買ってくれた80代のマスターが営む喫茶店だ。

昼ごはんがおにぎり一個だったので空腹に耐えかねた私はオムライスを、夫はチョコパフェを、息子には厚切りトーストを注文した。

 

食後のアイスコーヒーを飲みながら今日1日の出来事を振り返る。

〝自分の蔵書を手放す行為には様々な素晴らしい発見がある〟が今日、私の人生ノートに書き加えられた。

そして既に書かれていた〝夫の協力ほど有難いものはない〟には新たに蛍光ピンクのマーカーが力強く引かれた。

 

売上金で勘定を払い、残ったお金を茶封筒にしまう。小銭でパンパンだ。

数えてみるとなんと10,000円ほどあった。なかなかの成果ではないか。

鼻歌混じりに封筒を振りながらチャラチャラと小銭のぶつかり合う音を息子に聞かせると、生えたばかりの米粒のような前歯を見せてケタケタと笑った。

 

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カラサキ・アユミ

1988年福岡県生まれ。海と山に囲まれた地方都市在住。

幼少期からとにかく古本の事で頭が一杯な日々を過ごす。

肩書きの無い古本愛好者。友人は少ないが古本は沢山持っている。

大学卒業後はアパレル店員から老舗喫茶店のウェイトレスを経て、以降は古本にまつわる執筆活動等をしながら古本街道まっしぐらの自由気ままな生活を送っている。

(※2021年に第一子誕生、現在は子育てに奮闘中!)

著書に、古本漁りにまつわる四コマ漫画とエッセイを収録した『古本乙女の日々是口実』(皓星社)がある。

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