古書店インタビュー

あなたの本を未来へつなぐ

2022.06.22

古書店インタビュー

第15回 「紙御蔵(かみくら)~紙モノの可能性を探る~」

「本をあまり扱わない古本屋――それが創業時に自分の中で掲げたコンセプトでした」

 

そう語るのは、主に紙モノの買取と販売を行うネット古書店「紙御蔵(かみくら)」の店主・遠藤智信さん(27)だ。紙モノとは地図、ポスター、パンフレットにきっぷなど、いわゆる書籍以外の紙の印刷物を指す。

 

2017年に創業し、自動車や鉄道などの乗り物関係の紙モノを中心に取り扱ってきた紙御蔵。明治時代の駅弁の掛け紙や、ほんの短期間しか売り出されなかった自動車のパンフレットなど、遠藤さんの嗅覚によって集められたそれらの紙モノには、時にネットオークション上で驚くほどの高値がついたこともあるそうだ。

 

どこか逆説的にも聞こえてきそうなコンセプトを掲げて創業した遠藤さん。一体どのような展望を思い描きながら、紙御蔵を経営しているのだろうか。その胸の内を聞いた。

 

「紙御蔵」の創業者・遠藤智信さん。

 

〝埋もれてしまったもの〟に光を当てる

 

―― 「紙御蔵」の創業までの経緯を教えていただけますか。

 

遠藤 私自身、特に子どもの頃から本が大好きだったとかではないのですが、漫画やアニメが好きで、中学生の頃は朝から夕方まで街のゲームセンターに入り浸るような子どもでした。また、機械関係にも興味があって、大学ではロボット工学系の勉強をしようと思っていたほどでした。

 

ところが、大学受験に2年続けて失敗してしまったんですね。もう1年浪人するか、社会に出て働くかで思い悩んでいました。その頃、父親はハーフノート・ブックスというネット店舗の古書店で働いていました。悩んだ末に大学進学は諦めて、私も父と一緒にそこで働くことにしました。

 

ハーフノート・ブックスの店主の松本さんは当時50代で、親子ほどの年の差がある私を熱心に指導してくださいました。古書店のことだけでなく、言葉遣いやマナーといった社会人としての基礎も叩き込んでいただきました。紙御蔵を立ち上げる際にも、何度も相談させていただきましたし、そこでの経験が今の紙御蔵の経営にも役立っています。私にとって松本さんは師匠です。

 

ハーフノート・ブックスで働きながら古書店経営のノウハウを学び、親子ふたりで紙御蔵を創業した直後、父が大病を患ってしまいました。父は古書店経営の最前線からはやむを得ず退き、実質的には私ひとりで紙御蔵をスタートさせました。

 

「本をあまり扱わない古本屋」、そういったコンセプトを自身の中に掲げた理由のひとつには、父の病がありました。父の身体を考えると重さのある書籍は扱わないほうが良いだろうと思い、紙モノを中心にすることに決めたんです。

 

―― 「より珍しいものだけを厳選する」といった意味合いもそのコンセプトには含まれていたのでしょうか。

 

遠藤 どちらかというと、「価値がついていそうでまだついていないもの」を見出すことに面白さを強く感じています。一般的にはまだ正当に評価されていないものに対して、その背景を理解し、魅力を感じている自分が光を当てて商品として売り出す。その商品に興味を持った人がオークションなどで落札して、実物を手にして満足してくれて、それがまた次の取引につながっていく。その一連の流れに面白さを感じています。

 

その上で、自分のなかで気をつけていることがあるんです。それは「新しすぎるものには手を出さない」ということ。もちろん人それぞれの考え方を尊重しますが、安易にブームに乗って新しいものを扱うと、どうしても転売屋の側面が強くなってしまいます。私としては、新しいものが次から次へと生まれてくる中で〝埋もれてしまったもの〟を掘り出していくことに面白さを感じているのです。

 

変わったものをいっぱい扱えるのが古書店の良さのひとつだと思うんです。一般的な古書店と比べると、紙御蔵の蔵書数は恐らく相当少ないでしょう。でも数量より、もの自体が持っている面白さの質にこだわって勝負したいなと思います。

 

中島飛行機(現・SUBARU)から発売された「ラビット消防ポンプ」のカタログ。
「元々軍用機などを作っていた中島飛行機が、戦後になって何が売れるかを模索していた時期に作られた商品の一つです」と遠藤さん。

 

時代の流れを見定める

 

―― 乗り物関係の資料を中心に取り扱われているのはなぜでしょうか。

 

遠藤 ハーフノート・ブックスが鉄道関係に強かったことに加えて、父親の影響もあって私自身、今でも熱心にF1を観るくらい自動車が大好きなんです。特にどのような最先端の技術が最新の自動車には搭載されているのかといった技術面での興味が大きいですね。

 

近頃お店では自動車のカタログを中心に扱っています。よくよく探してみると、たまに驚くようなものに出合うことがあります。人気はあったのだけどすぐに販売しなくなった自動車や、あるいはほとんど売れなかった自動車の場合、その分カタログの印刷数が少なくなるので、結果として価値が高くつくのです。

 

そこまでジャンルを絞っていくと仕入れが本当に難しくて、古本市場に足を運んでも目ぼしいものが見つからなかったことは多々ありました。お客さんから買取依頼の連絡があっても、あまりにも遠方に住んでいるためにお伺いできないこともありました。逆に毎週のように珍しいものが古本市場に流れてくることもあって、もう買えないよって嬉しい悲鳴をあげるときもありましたね。

 

ただ、そうした運の要素が強い〝引き〟だけにかけるのではなく、日頃から商品の売値や元値のデータを細かくチェックするようにはしています。これはハーフノート・ブックス時代に教わって今も実践していることのひとつです。そうした日々の地道な作業を続けるなかで初めて磨かれてくる嗅覚があるのかもしれません。

 

―― アイテムの価値はその時々のトレンドや状況によって変動するかと思いますが、どのように見極めているのでしょうか。

 

遠藤 車好きの人にとっては有名な話なのですが、「自動車の形と景気の間には相関関係がある」なんていう俗説があるんです。あるいは、私は音楽も好きなのですが、流行している音楽とその時代を流れる空気の間にも関連性があると感じています。もっと言うと、トレンドにはある種の循環がある。自動車や音楽、ファッションなんかの流行を見ながら、今の時代のトレンドを見定めて、そこからどういったアイテムの価値がこれから上がっていくのかを考えます。自分で言うのも何ですが、精度はわりと高いほうかもしれません。

 

―― 遠藤さん独自の感性によって集められたそれらの商品には、どういった層からの問い合わせや反響が多いのでしょうか。

 

遠藤 歴史や文化に興味のある個人のお客さんからの反応が多いと感じています。図書館や大学に研究資料として卸している同業者もいますが、私はそういったところとはあまりつながりがなくて。

 

今、自社のECサイトの開設準備を進めています。そこでは海外のお客さん向けの販売を想定しています。これまでの傾向としては、欧米圏の人たちは自動車への興味が強く、アジア圏の人たちは鉄道への興味が強いかなと感じています。

 

たとえば、中国の富裕層や知識人のなかには、かつて日本の占領下時代に流通していた南満州鉄道のきっぷや資料などに関心を持っている人が増えているんですよね。それらはもともと中国にあったのですが、文化大革命の時代に日本にかなり流れてきたみたいです。それを今、経済発展を遂げた中国の富裕層たちが買い戻すという動きが一部で起きているようです。

 

「日本の古本屋」に出品しているおすすめの紙モノ

 

輝き始める〝変わったもの〟

 

―― 今後、実店舗を構える計画はあるのでしょうか。

 

遠藤 実店舗を持つ予定は今のところはないですね。というのも、私の中ではネット店舗の方が実店舗よりもメリットが大きいと感じているからです。お客さんとの直接のやりとりの場としては、これまで参加してきた即売会に加え、今後は古本まつりなどにも出店したいと考えています。

 

「実際に商品に触れてから購入したい人も多いのでは?」とよく聞かれるのですが、よっぽど高価なものでない限りは、むしろネットのほうが気軽に購入できて良いのではないかなと感じているんです。そうして購入してくださったお客さんに満足していただけるように丁寧に仕事をすることが大切だと思います。

 

仮に実店舗を構えて、お店の規模を無理に大きくしたことで、商品やサービスの質が落ちてしまっては本末転倒ですよね。それよりも大事なのは、少しずつであっても、良いものをきちんと売り続けていくこと。そういう意味で、あまりに忙しくて周りが見えなくならない程度に「楽をすること」が大切だと個人的には思っています。

 

―― 最後に紙御蔵としての今後の展望についてお聞かせください。

 

遠藤 これまで私がやってきたのは、変わったものを扱うということなんですね。それ単体ではただの〝変わったもの〟でしかなくても、紙御蔵という空間に置くことでそれがこれまで見せなかった輝きを放ち始める。そういう意味で、一般の古書店では絶対に扱われないようなものを揃えていきたいです。そのことによって、「紙御蔵だったらきっとあんなコレクションもあるだろうな」なんて皆さんから自然と思われるような存在になれたら本望です。

 

※紙御蔵(かみくら)様は古本一括査定.comを脱退されました。

 

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