コラム

2022.05.27

コラム

カラサキ・アユミ氏 コラム 子連れ古本者奇譚 第6回「今度は古本市で蔵書を売ってみた、の巻 【前編】」

小鳥達のさえずりが響き渡る、青空広がる爽やかな5月の朝。

山の上の自宅から車のある下界まで、大量の古本を手動で運ぶ地獄のような作業から〝それ〟は始まった。

「これ…40キロ以上はあるよ…本気で持って行く気…?」と慄く夫と共に、苦悶に満ちた表情で大量の古本を詰めた巨大な旅行バッグを2人して担いで長い長い階段をヨタヨタと降りる。手が引きちぎれそうになるのを堪えながら、バッグが転げ落ちぬよう夫と声を掛け合う。途中、あまりの重さによろめいて階段から足を踏み外しそうになり何度も命の危機を感じながら、やっとの思いで車のトランクに乗せた。

人間が1人入るほどの大きな黒いバッグだったので、側から見たら「死体を入れた袋でも運んでいるんじゃないか」と疑われそうな光景だった。

長距離マラソンを完走したかのような疲労と汗に塗れた私と夫は、眩しい朝日を浴びながらまじまじと荷物を眺めた。

「これ…帰りにもう持って上がるのは…無理だよ…絶対に嫌だからね俺…」

「大丈夫!今日は絶対売れる!面白い本ばっかりだし安くしてるし!自信あるもん!安心して!帰りはこのバッグはスカスカよ!」

夫に鼻息荒く啖呵を切った私の胸は夢と希望と高揚感に包まれていた。

そうして残りの荷物を取りに息を切らせながら再び階段を駆け上がった。

 

そう、今日は地元で開催される古本販売の催しに参加するのだ。

〝自宅に眠る不要な本を持ち寄って1日だけの古本屋さんを開きませんか?〟という魅力的な宣伝フレーズ。会場は市内の活気ある商店街の中。

先日のフリマ(←詳しくは前回の『古本フリマの濃い出会い』より)と違って今回は本好きに特化したイベント。しかも場所は人通りが多い日曜の商店街。

これはかなり期待できる商況になるに違いない!

地元で参加する初めてのイベント、好奇心が踊り出していた。

 

そうして張り切って準備した総重量約60キロの古本。車体がその重さで若干沈んでいた。

最後の荷物を…いや、今月一歳になったばかりの息子を抱っこしてまた長い階段を下る。チャイルドシートに乗せようと車のドアを開けた瞬間、夥しい量の荷物を目にしたアト坊はギョッとした表情を見せた。

 

 

会場には一番乗りだった。ふふっ張り切りすぎたぜ…と自分にツッコミを入れながら500円の出店料を払って受付を済ませ設営の準備に取り掛かる。

ちらりと他のブースの数を確認すると出店者は自分を入れて10店舗のみ。

「え…少なッ」と思わす声を漏らした。大々的に宣伝していたから、もっと多いかと思ったのに…。

もともと本に関するイベント自体がレアな地域柄で認知度が低いのか、そもそも不要になるほど本を所持している人がいないのか…。えっ…となると、本好きのお客さんも少ないのだろうか…。う、売れるのだろうか…。などと様々な憶測が脳内を飛び交う。どうやら今回の古本市は自分が想像していたよりもかなりこぢんまりとした規模のイベントのようだった。

こうして始まる前から若干不安げな気持ちが芽生えた頃、やがて息子を抱っこした夫がコンビニから戻ってきた。昼ご飯のおにぎりとお茶が入った袋を受け取る。今日は私がいない半日、夫が子供の面倒を見てくれることになっている。古本を地面に散りばめて作業している私を不思議そうな顔で眺めているアト坊。

 

「改めて広げてみたら凄い量だね。どう?売れそう?」

「う、うん…」(思わず喉がゴクリと鳴る)

夫の何気ない言葉に行きがけのテンションとは違った声色で返答した。

 

「…じゃ、俺らは帰るから。頑張ってね。帰りは荷物も減るだろうから車で迎えに来なくて良いんだっけ?そう言ってたよね?」

「う、うん…」(手汗がじんわり)

 

駐車場に向かう夫と子供の後ろ姿を見送りながら、私は先日の惨劇を思い出していた。

 

前回のフリマで大量に古本を売った際、かなり売れたとは言っても持参した古本の量があまりにも多かった為、一見、物量が減っていないかのようだった。

迎えに来た夫が売れ残った古本の山を見て、私を一瞥してため息をついたのは言うまでも無い。

 

「この大量の本を、あの階段を登ってまた家に運び込むのは御免だ!」と撤収作業が済むや否やそのまま強制的に近場のブックオフに持ち込まれることに。

早急に車を空にせねばならない状況に、私も夫の荒行とも言えるこの判断に抗う術が無かったのであった。

 

そして、結果は段ボール7箱で540円………。

「良い本沢山あったのに…たったのこれだけ…? え? 一冊5円…!?」

査定結果の用紙を見て膝から崩れ落ちた。

夫もあまりの安さにさすがに驚きの表情を浮かべていたが、「でも、これで身軽に帰れる!」とすぐに鼻歌を奏で始めた。

 

初めてブックオフの買取洗礼を受けたあの日の衝撃は一生忘れまい。

 

そして、あの悲しみを今回も繰り返すわけにはいかない!

今回持参した古本達は、増殖し続ける新たな古本達から追いやられるように隅に置かれ存在が薄くなっていたところ、このイベント行きが決まったものばかり。

しかし、どれも思い入れがあった特別な一冊であり自慢の子達だ。

きっと次の持ち主も楽しませてくれるに違いない。

今日誰かの琴線に触れる機会があれば、こんな嬉しいことはないのだが…。

なんとしても全員新たな持ち主の元へ旅立って欲しい。

 

そうこうして設営を終えた頃、他の出店者さん達もぞくぞく到着してそれぞれ準備に取り掛かり始めていた。私の左右は両方とも女性の出店者さんで絵本や文庫本、料理雑誌にライフスタイルマガジンなど女性や子供が楽しめそうな新しめの本を中心にしたラインナップ。

コンパクトなキャリーケースから本を取り出し、手際良くシートの上に表紙が見えるように並べていく。どの出店者さんも、持参している本の量が圧倒的に少ないのでスッキリと見やすい陳列になっていた。

その様子をさりげなく眺めながらますます不安が募っていくのがわかった。

 

私はというと、わざわざ持ってきた木製本棚にギュウギュウに昭和臭プンプンのレトロな古本を並べ、箱の中に雑誌やら大判本を詰め、おまけに春画の浮世絵やお色気本、マッチラベルのスクラップブックや古絵葉書等の大量の紙モノまで盛大に広げている。

全体的に物量が多くガチャガチャしている陳列な上に、周囲と比較して初めて、自分のブースが一般ウケしない、埃っぽいマニアックな品揃えであることに気付いたのであった…。

極め付けは店主である私が〝古書の大海原へ… THE 古本者〟とデカデカと刺繍が入ったエプロンまで身につけている点だ。

紛れもなく〝古本サイコー!古本バンザイ!イエーイ!〟と1人浮かれているイベントビギナー丸出しの人間が、そこにいた。都会に来たお上りさんの如し。

ほとんどの出店者さんが知的で落ち着いた空気を放っていたので、この温度差がかなり際立っていた。

 

やがて開始時間近くになるとブースをチェックし始めるお客さんの姿がチラホラと現れ始めた。

 

「いらっしゃいませ、どうぞ見てってくださいね」「こんにちは」

ナチュラルに声掛けをしたり、早速お客さんと会話を楽しんだりしている左右の出店者さんとは対照的に、私はというと必死に文庫本を読むふりに徹していた。

なぜなら自分のブースのみ閑古鳥でいたたまれなかったからだ。だが、文庫本に目をやりながらその実、視界に入るお客さんの足だけに必死に神経を集中させていた。

自分のブースの前で足を止めて数秒眺めて「ここは…無いな。」とスッ…と去っていく人、または素通りしていく人の多いこと。

 

やがて周囲から「全部で〇〇円です。」「お買い上げありがとうございます!」と賑やかな笑い声が飛び交う中、私のブースだけ独特の空気に包まれていた。

パラパラとページを捲るもそのまま本を戻し無言で去っていく人、並べている本を次から次へと手に取っては喋りまくって結局何も買わずに去る人、数冊しか置いていない昭和のお色気本を見つめながら「ここはそういう(卑猥な)イメージの店かと思ったわ。他の人も勘違いするわよ、きっと。」とわざわざ皮肉を言って去る人。

 

予想とは正反対の光景に、私の脳内のお花畑は一面、ブリザードフラワーと化していた。

「あぁやっちまった…本のセレクトを誤ったか…。いや!ここが保守的な地方だからだ!ここが東京だったら絶対に大繁盛に違いない!こんなに珍しくて面白い本がたくさんあるのに誰も食いつかないなんて!なんでやねん!」

 

スタート早々に玉砕の片鱗を感じ取り、やさぐれモードになっていた私だったが、その後事態は思わぬ方向へと転向していく。

さぁ、果たしてどのようなお客さん模様と売り上げ結果が待ち構えているのだろうか?!次回、後編に続く!!

 

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カラサキ・アユミ

1988年福岡県生まれ。海と山に囲まれた地方都市在住。

幼少期からとにかく古本の事で頭が一杯な日々を過ごす。

肩書きの無い古本愛好者。友人は少ないが古本は沢山持っている。

大学卒業後はアパレル店員から老舗喫茶店のウェイトレスを経て、以降は古本にまつわる執筆活動等をしながら古本街道まっしぐらの自由気ままな生活を送っている。

(※2021年に第一子誕生、現在は子育てに奮闘中!)

著書に、古本漁りにまつわる四コマ漫画とエッセイを収録した『古本乙女の日々是口実』(皓星社)がある。

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