コラム

2022.02.25

コラム

カラサキ・アユミ氏 コラム 子連れ古本者奇譚 第3回「プライスレスな古本体験」


雪が舞う灰色の空を車窓から眺める。

発車ギリギリのところ飛び乗った電車の車内は朝早いせいか人もまばらだった。

そっとマスクを外し、先ほど自販機で買った缶コーヒーを口に運ぶ。温かい。

この、久しぶりの感覚にクラクラと心地良い目眩がした。

缶コーヒーの味にではなく、今まさに体験している出来事の何もかもに対してだった。

 

ここ数日体調を崩したせいもあり元々日頃の疲労が溜まっていた体に更にのしかかるようにダメージを受けてしまい、気力が0からマイナスに差し掛かっていた。薬を飲んで肉体はなんとか持ち直したものの、肝心の精神が回復に遅れを取っていた。何をしても気が重い感じがする。

 

そんな状態で迎えた、金曜日の夜。夫が息子と一緒に階下で寝てくれるので私にとって唯一、緊張感から解放される安息の時間だ。

二階の寝室のベッドで久々に静寂を噛み締めながら毛布にくるまり、考え事をしていた。

「そうだ、前から気になっていたあの古本屋に行ってみようか。」

以前たまたまネットでその存在を知った隣県の古本屋。住所と店の外観写真の小さな画像しか他に詳細情報は載っておらず、携帯画面越しにミステリアスなオーラを放っていた。しかし、気軽に行ける距離ではない点と、子育て中という現実もあり、初めから訪問を諦めていた。

普通だったら、布団に一日中横になって体を休めるとか、好きな映画を美味しい紅茶を飲みながら観るとかリフレッシュにも色々方法があるだろうが、私の場合は古本の右に出る癒しはない。

そして、刺激を受ければきっとこの低空飛行状態の気持ちが払拭出来るかもしれない。

そう考えついた私は、電車移動で数時間かかる場所にある未知の古本屋に思い切って行くことにした。

 

頭の中で考えが定まると枕元の電気スタンドを点け、引き出しから紙とペンを取り出し、布団の中で子供の世話に関する一日のスケジュールや離乳食の準備の仕方まで細かく書き出していった。面倒な作業だがこの下準備がなければ夫に安心して息子を託し、又私が安心して遠出することも出来ないのだ。

 

 

「ちょっと出掛けてくるから。よろしくね。」

翌朝、夫にそう言った私の表情はどこか切羽詰まって見えたのだろう。何かを察したのか、夫はただ頷いて「どこに行くのか」「何時頃に帰ってくるのか」とも何も一切聞いてこず、私が差し出したアト坊の取説をすんなり受け取った。

乗りたい電車の時間にギリギリだったので、寝癖だらけの頭をニット帽ですっぽり包み、部屋着の上にいつものロングコートを羽織り家を飛び出した。

振り向きざま、夫に抱っこされこちらを向いているアト坊の顔が、閉まりかけた玄関扉の間から見えた。

「ごめんね。すぐ帰ってくるから、いい子でね。」目で息子の顔を撫でた。

 

早朝の電車に1人で乗ることが、とても新鮮に思えた。

以前までは当たり前だった行為が、子供が生まれてからは何やら一大イベントのように感じられるのが何だか不思議でいて面白い。

 

一口しか飲んでいない缶コーヒーがすっかりぬるくなった頃、最初の降車駅に到着した。

乗り継ぎの為に別のホームへと移動する。さぁこれからまた列車の旅だ。

今日のような事は滅多に無いので特急の切符を奮発して買った。片道2,500円。1時間半かかるところを30分短縮して行けるのだ。常に時間に追われる母親的感覚が身に染みていたのもあり、昨夜から切符の購入は決めていた。

それにしても見知らぬ路線を走る列車に乗り込むこの興奮。これも久しく味わうことのなかった感情だった。広々としたボックスシートに深く座り込む。窓辺に飲みかけの缶コーヒーを置く。首を伸ばして前後を見渡すと、幸いなことに車内はガラ空きだった。ささやかな解放感に思わず深呼吸する。

やがて列車が動き出して数分も経たない内に、先ほどまで雪がチラつくどんよりとしていた空に眩しい光を放った太陽が雲の切れ間から登場した。あれよあれよ言う間に青空が広がっていく。「いいんだよ。たまにはさ。」と肩をポンポンと叩いてくれるような温かい日差しが車窓の私の顔に目一杯注がれた。心のどこかで子供から離れて古本屋に向かう事に対して不安と後ろめたさを感じていた私だったが、「今日はもう罪悪感無しで存分に楽しもう!」そんな気持ちが沸き立ってきたのであった。

マスクの下で笑みを浮かべながら通り過ぎていく見知らぬ土地の風景を眺めた。乾いた喉にぬるいコーヒーが心地良く流れる。

暖房が効いた車内に慣れて帽子を脱ぐと、依然寝癖は新鮮なハネを留めていてピョコンと私の頭に威勢よく生えていた。

 

1時間の楽しき車窓旅をあっという間に終えたのち、初めて降り立った駅は想像を遥かに超える寂れ具合だった。

改札を出ると駅前の広場で鳩に餌をあげているお爺さん以外、土曜日の昼時なのに人が歩いていなかった。ロータリーに止まる数台のタクシーには座席をリクライニングにして居眠りする運転手のおじさん達。側にある商店街のアーケードにチラリと目をやるも、シャッターが続いている様子。昼間なのに薄暗く、出口の見えないトンネルのように見える。〝元気で明るいお買い物広場〟と赤いペンキで書かれた年季の入った金属看板が虚しく映った。

とにかく街全体に最高にやる気のない空気が溢れかえっている。

お目当ての古本屋がなければ生涯絶対に訪れる事が無かったであろうこの街に、遠路はるばるやってきた私。自分が置かれたこのシチュエーションに、なぜかジワジワと面白さが込み上がってきたのであった。

早速、目的地の古本屋までの道のりを携帯の地図で確認して歩き始める。

 

道中、ベビーカーを押す女性と出会った。

すれ違いざま、さりげなく中に目をやると毛布に包まれた赤ちゃんがスヤスヤと寝ていた。ふと、アト坊を思い出した。この時間帯だったら、今頃お昼寝かな。ちゃんと寝かしつけ出来たかな、ぐずって泣いてないかな。

遥か離れた場所にいる夫と息子の姿を想像した。

 

15分ほど歩き続け目的地付近になったので、携帯から目を離すと数メートル先に『古書買い取ります』と書かれた看板が目に入った。

こういう場面になると年甲斐もなく小走りになるのはなぜだろう。きっと投げたボールを追う時の犬はこんな気持ちなんだな、なんて思いながら重たい肉体を跳ねさせ向かった。

ようやく店の前に着くとマスクの中は湿度120%状態になっていた。

鼻の下の汗をハンカチで拭い、乱れた息を整えて店のガラス扉を押す。

 

おお…これだよ、これ。私が求めていた世界は…!

出迎えてくれたのは、並べられた茶けた古本達が醸しだす埃っぽい空気が充満する、整理が行き届いていない雑然とした店内。私の大好きなザ・古本屋の風景だった。挨拶をするも店主の姿は見当たらず。

天井までの高さがある本棚と本棚の隙間を縫うように恐る恐る移動する。ちょっとでも気を抜いて歩くと床から群生する古本タワーにぶつかりそうだ。圧倒されながらも、やがて久しぶりの漁書作業に没頭し始めた。

 

1時間近く滞在した結果、来店の記念にとお土産代わりに100円の文庫本を一冊だけ購入して店を出た。

 

残念ながら「これ!」といった本も無く掘り出し物にも出会えなかった。

でも、いいのだ。駅まで戻る道を歩きながら、自分の気持ちが十分に満たされている事に気づいた。

恐らく、純粋に体験をしたかったのだろう、私は。

行きたい場所に行き、その場所の空気を吸って、自分の五感をフルに使って好きな世界に埋没する。

暫く味わっていなかったこの、好奇心が生み出す躍動を味わいたかったのだ。

 

帰りの特急を待つ間、極寒の駅のホームのベンチに座って熱々の肉まんを頬張る。すっかり昼ごはんを食べ逃していた事に空腹感で気づき、駅前のコンビニで慌てて買った肉まんは普段食べる時よりも格段に美味しく感じられた。

 

定刻通りにやってきた電車に乗り込むと雪がチラつき始め、瞬く間に吹雪に変わった。真っ白い点線が矢のように飛んでいく。行きがけとは真逆の、まるで夢の世界から一気に現実に引き戻されるかのような暗澹たる風景が車窓に広がる。それでも、夫と子が待つ家路へと向かう私の心は温かく軽やかだった。

往復5,000円の交通費を払って手に入れた、恐らく、どの古本屋でもよく見かける事が出来る文庫本を撫でながら、しみじみと満足感に浸る。

 

ふと、窓に反射した自分を見ると、ささくれのようだった寝癖は元通りに重力に身を任せ、私のおかっぱ頭の一部にすっかり馴染んでいたのであった。

 

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カラサキ・アユミ

1988年福岡県生まれ。海と山に囲まれた地方都市在住。

幼少期からとにかく古本の事で頭が一杯な日々を過ごす。

肩書きの無い古本愛好者。友人は少ないが古本は沢山持っている。

大学卒業後はアパレル店員から老舗喫茶店のウェイトレスを経て、以降は古本にまつわる執筆活動等をしながら古本街道まっしぐらの自由気ままな生活を送っている。

(※2021年に第一子誕生、現在は子育てに奮闘中!)

著書に、古本漁りにまつわる四コマ漫画とエッセイを収録した『古本乙女の日々是口実』(皓星社)がある。

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