2022.01.25
コラム
いつの間にやら一月ももう終盤だ。
一年の始まりの月ということで年明け初めの週は肉体も気持ちも心機一転と言わんばかりにどこか気合が入ってシャキッとした状態だったが、二週目三週目となると結局いつもと変わらない「テキトー最高!」なる日常モードがお出ましになり、結局自分という人間はそう容易く変われぬ者なのだと痛感させられる。
今年は寅年に因んでせめて古本道だけでもキリッと雄々しく歩んでいきたい。(これは継続できる自信が120%なので嬉々として掲げる。)
この流れで話題に挙げるにはすっかり時期が旬ではなくなってしまったが、正月にまつわる我が思い出話を是非紹介させて貰いたい。
私が9歳のまだいたいけな少女だった頃。初詣へ行った帰りに地元の小さな書店に寄ってもらった時のこと。我が家では貰ったお年玉は全て両親に管理してもらうシステムだったのだがこの日はなぜか特別で、「好きな本に使って良い」とコメント付きで両親からのお年玉3,000円がまるまる小遣いとして与えられた。
一目散に漫画コーナーに行きコロコロコミックの最新号を意気揚々と手に取る兄とは対照的に、私は店内に入るや否や棒立ち状態になってしまった。
〝福袋〟の白文字が大きく印刷された、どぎつい真っ赤な紙袋がワゴンの中に陳列されている光景に目が釘付けになったのである。説明書きも何もなく、【福袋3,000円】とだけ書かれたポップがワゴンに控えめに貼り付けられていた。
「本屋さんに福袋…? ということは本が色々沢山入ってるのか!!素敵!!」
安直にそう思った私。小学3年児童の何とも純粋で可愛い発想である。
当時、少ないお小遣いで手に入る古本には既に馴染みがあったのだが新刊書店に並べられた本達にはどことなく緊張感を感じていた。子供心に〝新刊は高価で大人の世界〟というレッテルを貼っていた。なので、新刊が複数冊3,000円で手に入るのだったらめっちゃ安い!面白い本が入っているかもしれない、いや、面白くなさそうな本でも読んでみたら意外と面白いかもしれない!そう想像してテンションが爆上がりになったのであった。
この夢のような紙袋に全財産を投入する覚悟が瞬時に決まっていたこの時の私は、この後味わう悲劇を知る由もなかった。
手に持って一番重そうな紙袋を慎重に選び、レジへと鼻息荒く向かう。
既にお目当ての本の購入を済ませていた兄が目を丸くして「お前それ買うのか?」と驚いた表情で立っている横を颯爽と通り過ぎた。
レジのおじさんが一瞬複雑な表情を浮かべたのが気になったが、すぐ笑顔に変わり「毎度有難う御座います。」と私が差し出した3,000円をスッと受け取った。
意気揚々と両親が待つ車に戻ると、真っ赤な福袋を両手に抱えた私を見るなり母親がギョッとした顔で「あんたそれ買ったの!?」と兄と同じ言葉を発した。私は足をブンブン振りながら「うん!!?」と後部座席から満面の笑みを浮かべて答えた。
さて、自宅に帰ってすぐさま興奮しながら袋をコーティングしている固いテープをハサミでジョキジョキと切り裂く。
「ど、どんな本達が入っているんだろう?!」ワクワクしながら袋の口を勢い良く開けて中を覗き込むと……
分度器、定規、鉛筆の束、方眼紙、穴あけパンチ、バインダー…
四次元ポケットのように出てくる出てくる埃っぽい文房具が。
しかも、全てデザインが全然可愛くない。会社の事務用品のような古めかしい雰囲気の物ばかり。きっと長いこと売れなかった在庫を一気にこの袋に詰め込んだのだろうというラインナップ。どこが福袋だ!不幸袋と呼ぶ方が相応しい代物だった。
「本が一冊も入ってない…騙された…」
目の前の現実が受け入れられず失意のどん底に叩き落とされた私に、「なんでそんな中身がわからない物を買ったの!しかもお小遣い全部使って!」母の呆れた口調が追い討ちをかけてきた。呆然とする小さな脳みその中の記憶を手繰り寄せながらよくよく思い返すと、あの本屋には狭いながらも文房具売り場も併設されていたことに遅まきながら気づいたのだった。本が詰まったドリーム袋の妄想に囚われた幼い私には、まさか文具在庫一掃の福袋が書店の店頭に並んでいるとは到底思い付かなかったのである。(思い込んだら突っ走る、この性格のせいで大人になってからもどれだけ失敗を招いた事だろう…。)
全財産を失った上に裏切られた期待。
「余った金でお菓子沢山買おっと〜あぁ最高に幸せ〜」と叫びながら上機嫌にソファに寝そべり、買った漫画雑誌を早速楽しそうに読んでいる兄が恨めしく映った。未だにこの事件を越える人生史上最悪の正月の幕開けは無い。
おまけにこの一件以来、福袋という存在がトラウマになった。
ただその後、あまりに憐れと思ったのか父がこの文房具一式をこっそり半額の1,500円で買い取ってくれて、気持ちがほんの少し救われた。我が家では小さい頃から大人になった現在でも母は鞭役で父は飴役だ。父とは正月に会う度に毎回この福袋事件の話題で盛り上がる。ほろ苦い子供時代の思い出も大人になれば極上の笑い話になるのだなぁとしみじみするひと時でもある。
さて、お次は過去の正月エピソードから未来に向けての話を。
最近の私は子育ての合間をぬって古本カルタなるものをチマチマと製作している。勿論、将来我が息子と遊ぶ為である。きっと古本英才教育の教材として大活躍するであろうその日を夢見て日々手を動かしている。
だが、少ない空き時間しか無い上に文字と絵は全て手描き、切った段ボールにそれぞれ紙を貼り付けるというこの令和の時代にそぐわない超超アナログな手法で作っているので完成までの道のりは凄まじく長い。(試しに調べてみたらデータ入稿で簡単に出来るオリジナルカルタの印刷代金、目が飛び出るお高い金額で慄いた…。)
現在はサ行まで完成している。読み札を挙げてみると…。
あ の時に買えば良かったという後悔
い つも頭の中は古本のことばかり
う れしい時も悲しい時もそばには古本
え っと驚く掘り出し物
お 気に入りの本はダブリでも買う
か ったのにまた欲しくなる古本
き っともう出会えない!熱い思いで買う一冊
く う寝る買うの古本ライフ
け がの痛みも消してくれる古本パワー
こ の本を見つけた自分、素晴らしい
さ びしくないよ、古本があれば
し ずかに楽しむ古本狩猟
す きな古本だらけの我が家は極楽天国
せ めてあと5分だけ…同伴者への常套句
そ うしてまた増えていく古本タワー
と、まぁこんな感じで古本を愛する者の心の声をひたすらカルタに吹き込んでいるわけなのだが、どうだろう。目を閉じるとほら、哀愁を帯びた古本者達の後ろ姿がじんわりと浮かび上がってこないだろうか。既に古本沼に堕ちた大人達にもきっと楽しめる代物であることには間違いない。
と、1人でニヤニヤぶつぶつ言いながら色鉛筆片手に机に向かっている。
実地体験(古本屋訪問)とはまた別に、イメージの輪郭を知ってもらう事も古本教育において重要な点だ。ライトからディープまで、古本ワールドがいかに広大な大海原であり、そして雄大なロマンを秘めたものであるかを知ってもらえれば…好奇心も興味も自ずと湧いて出るのではなかろうか…。
泉の如き溢るる古本フレーズ!それらを古本カルタで遊びながらナチュラルに浴びた事がトリガーとなり、ゆくゆくは息子がオーガニックな古本男子に育ってくれるかもしれない…!
そんでもって夫が私の古本趣味に小言を漏らした時に「父ちゃん、古本は素晴らしいンだよ、楽しいンだよ!僕も古本大好きさ!」と私の強力な助っ人になってくれるかもしれない…!ふふふふふ。
膨らむ膨らむ都合の良い妄想が。
それにしても〝ふ〟の文字だけは〝古本〟の頭文字なだけに、フレーズの候補が膨大にあり過ぎてなかなか決めかねることが予想される。なので【ハ行】に突入したら製作スピードがグンと落ちるかもしれない。
とは言え、現在0歳の息子が文字を読めるようになるまでまだまだ時間があるので、真心ならぬ古本心を込めて引き続き製作に励んでいきたい。
もし古本好きに育たなかったとしても、このカルタがいつか大人になった息子にとって珍奇で愉快な思い出の一つになってくれれば最高にハッピーだなと思う。
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カラサキ・アユミ
1988年福岡県生まれ。海と山に囲まれた地方都市在住。
幼少期からとにかく古本の事で頭が一杯な日々を過ごす。
肩書きの無い古本愛好者。友人は少ないが古本は沢山持っている。
大学卒業後はアパレル店員から老舗喫茶店のウェイトレスを経て、以降は古本にまつわる執筆活動等をしながら古本街道まっしぐらの自由気ままな生活を送っている。
(※2021年に第一子誕生、現在は子育てに奮闘中!)
著書に、古本漁りにまつわる四コマ漫画とエッセイを収録した『古本乙女の日々是口実』(皓星社)がある。
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