2020.02.26
コラム
「朝日新聞」2020年2月17日付け多摩版に「アパート自室に小さな書店」という記事が出た。店名は「本屋ロカンタン」。その冒頭を引いてみる。
「西荻窪のアパートの一室で、昨年9月、小さな書店が店開きした。映画批評家の男性の自宅兼店舗の棚に、厳選された新刊400冊と、映画評など店主の愛蔵書1千冊がならぶ。くつろいだ雰囲気で読書や本談義を楽しめる、本好きにはたまらない空間だ」
店主の荻野亮さんは37歳。三重県名張市の出身で、高校卒業後、芸人を目指すが挫折。大学に進学し、映画の仕事に関わるようになった。ところが2012年にうつ病を発症、自宅でできる仕事をと自宅書店を始めたという。最初はいまと違う場所で始めたが、住居用物件だったため予約制にせざるをえなくなり、現在の場所に移り、ようやく住所を公開し、フリーな営業となった。(記事執筆は田中紳顕)。
記事をずいぶん端折ったが、そういうことである。私は中央線沿線族として、西荻窪はよく立ち寄る町だが未踏。先に、早々と訪れてブログに報告した「古本屋ツアー・イン・ジャパン」さんによれば、古本も販売されているとのこと。自宅で住居兼本屋、古本屋と聞けば、知らない人は驚かれるかもしれないが、過去に例がないではない。
たとえば「あきら書房」は、東京・杉並区の住宅街のごく普通の一軒家の一室で老婦人が古本を販売していた。どうやら、亡くなったご主人の蔵書処分として始めたらしく、店を経営するという意識はなかったようだ。いつのまにか、古本販売は中止。元の、ごく普通の住まいに戻っていた。横浜市本牧にも「古書けやき」という自宅の一部を改装して営業する古本屋がある。試しにグーグル検索してみると、「本牧」「古本屋」でちゃんとヒットした。現在も健在のようだ。住所は本牧間門11-7。曜日や時間を限定しているので注意。
私の故郷である大阪府枚方市にも「ぽんつく堂」というレトロマンションの一室で古本を並べる店がある。残念ながらこれも未踏。ホームページの写真を見ると、外観は「まさかこんなところに古本屋が?」と思えるタイル張り外装のマンションの一階に、看板が出ている。当然ながら、玄関で靴を脱いで入室するスタイル。「古本と印刷」とあるから、印刷業務も兼ねているらしい。今度来阪する時は行ってみたい筆頭の店である。
そして、ぜひとも紹介したいのが「古書ますく堂」。この春に、東京から大阪へ移転してしまうが、ここは異色の店であった。店主の増田啓子さんは広島出身で、長らく神戸の書店に勤めていたが、独立して東京で古本屋を開業した。それが2011年10月のこと。ここもまさかと思えるようなロケーションでの開業だった。じつは、現在の店舗は3つ目で、だいたい3年ごとに移転を繰り返す9年だったが、すべて住居兼店舗であった。つまり、増田さんは店の片隅に居候するように寝起きして、店を経営してきたのだ。
いずれも住所は豊島区西池袋。立教大学の南エリア、およそ400メートルの範囲で移動してきた。最初の店が衝撃的で、路地裏のさびれたスナック店を内装そのままに居抜きで入店した。だからカウンターも椅子も、壁の食器棚(コップも入っていた)もある古本屋だったのだ。たまにネコが通りを行き来するだけで人影がまったくない、つげ義春の漫画に出てきそうな風景でのスタートだった。先述の通り、増田さんは店の奥で生活していた。
こう言っては何だが、とても繁盛するとは思えない。事実、この9年間、店の利益だけではやっていけず、アルバイトと両立しての運営が続いた。しかし悲壮感はなく、好きなことをやるために別の働き口を持つのは当然というふうに、増田さんはいつもニコニコと目を細めながら本に触り、客と応対していた。詩集に強いのが売りで、これだけは譲れぬ棚として、利益が上がらない中でも牙城を守っていた。現在もそうである。
2店目は西武池袋線「椎名町」駅寄りの住宅街の一角で、ギャラリーの隣にある、たしか小料理店だった物件に入居した。前の「元スナック」よりは店らしくなったが、小上がりがそのままあったりして、古本をどかせば、そこが古本屋だったとはまず分からない店ではあった。とにかく、本の置かれた余りのスペースで暮らすスタイルは変わらず、段ボール箱がそのまま床から積み上げられ、雑然とした印象は否めない。ここでまた3年。
そして東京では最後の店となったのが、先の店と同じ区画の、円で言えば90度ぐるりと回した場所だった。今度は事務所仕様で、奥に住居専用として使える一室があり、ようやく店らしい店になった。ところが隣の保育園の拡張に伴い退去を求められ、大阪移住を決断したという。大阪市阿倍野区共立通1-4-23にある平屋の一軒家で再スタートを切る。住居兼用なのは変わりない。
この住居兼用店舗の難しいところは、私と公の切り替えがない点であろう。同じ家屋で奥の部屋や2階などに独立した住居がある場合は別として、暮らしながら、同時にいつ来るか分からない客を出迎える気持ちの準備が必要だ。これは思ったより大変そう。そこをクリアできれば、住居と店舗の家賃の二重払い(ほとんどの店がそうだと思う)というリスクは減る。あくまで想像だが、このタイプのカジュアルな店は増えていくのではないだろうか。
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岡崎武志(おかざき・たけし)
1957年大阪府枚方市生まれ。1990年単身上京。雑誌編集者を経てフリーに。古本ネタ、書評などを中心に執筆。さかんに神保町かいわいに出没。「神保町ライター」と名乗ったこともある。著作に『女子の古本屋』(ちくま文庫)、『古本道入門』(中公文庫)、『蔵書の苦し
み』(光文社知恵の森文庫)、『ここが私の東京』(扶桑社)など多数。近著に『これからはソファーに寝転んで』(春陽堂書店)がある。
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