コラム

2020.02.21

コラム

樽本樹廣氏 インタビュー 古本屋革命 第3回「身近な社会変革」

 

店にお客さんが入ってくるたびに、店主の樽本樹廣さんは顔をそちらへ向けて「いらっしゃいませ」と声をかける。

 

返事があるときもあれば、ないときもある。

それでも、挨拶を続ける。

樽本さんが思い描く商売のあり方とは。

 

百年の革新性に迫る本連載。

今回は本屋と社会の関わりについて。

 

店内から見た百年の入口のドア。お客さんが来るたびにドアチャイムが鳴る

 

 

「いい経験」を持ち帰る

 

── 「コミュニケーション」を軸に百年を営んできた樽本さんが、目指しているものは何ですか?

 

樽本 大学生のときから一貫しているのは、僕らがともに生活をするこの社会をより良くしたいということです。今は本屋でそれを表現しています。

社会の変革も身近なところから始まります。環境に配慮した野外音楽フェスティバルなどに参加して、ごみを出さない意識を身につけると、日常生活へ戻ってからもしばらくは癖として残っています。

たとえ短い間しか実践できなかったとしても、「いい経験」を持ち帰るのはすごく大事なことです。

同じように百年でも、人生をほんの少し豊かにする出来事をお客さんに提供したいと思っています。

 

── お店でできる「いい経験」とは、具体的にどのようなことを指すのですか?

 

樽本 例えば、ちょっとした挨拶をするだけでもいいんです。「いらっしゃいませ」と声をかけたお客さんが、店を出るときに会釈してくれたり、「ありがとうございました」と言ってくれたりする。本を買う、買わないが本屋のすべてではない。ちゃんとしたコミュニケーションができた、そのこと自体がいい経験になると思うんです。

挨拶を当たり前のように交わせる社会では、誰かを頭ごなしに否定することもなくなるはず。

大げさに聞こえるかもしれないけど、「いい経験」を積み重ねていけば、肯定的で寛容的な社会に変えていける。その過程で、戦争もなくなるんじゃないかと考えています。

 

── 実店舗の運営が社会とどのように関わってくるとお考えですか?

 

樽本 そもそもお店をやっている限り、社会と無縁ではいられません。当然、政治の影響も受けます。

だからと言って、国内外の権力闘争に対して表立って物申すことが店主の一番の仕事かというと、そうとも思えない。

お店にできるのは、挨拶などを通して僕らの日常をわずかでも良くしていくことです。何気ない経験が波紋となって徐々に広がり、やがてより良い社会の建設へとつながる。軟弱な希望かもしれないけど、そこは信じてもいいんじゃないかなと思っています。

 

 

二階に百年が入る昭和通り沿いのビル

 

本屋の持続可能性

 

── より良い社会を実現するうえで、樽本さんが経営者として心がけていることは何ですか?

 

樽本 古本屋を持続可能な事業にしていくことです。うちも創業から間もなく15年になろうとしています。2006年にオープンした当初とは、また違った役割が課せられてきている。

既存のものに対する批評的な視点は維持しつつも、これから百年が力を入れなきゃいけないのは店を「続ける」ことです。未来の店主に向けて、持続可能な商売なんだよと伝えていきたいんです。

 

── 今の樽本さんのお話は、国連で採択されたSDGs(持続可能な開発目標)の理念とも通じますね。

 

樽本 数年前、アメリカのオレゴン州ポートランドの取り組みを知って、すごく共感した覚えがあります。そこでは過度な開発を防ぐために都市の境界線が定められ、自家用車の代わりに自転車や徒歩で移動しやすい町づくりがなされていました。個人経営の店が多いのも特徴です。

僕も本屋をやるからには利益を出さなきゃいけない。でも、「それなり」でいいんです。自分の身の丈を超えるような仕事はできないというのは、最初からわかっているので。

万が一事故を起こしたとしても、自分や他人に危害を及ぼさない程度のスピードで進む。そういう商売でいいんじゃないかなって。

 

── 儲けが「身の丈」に合っているかどうかは、何を基準に判断しているのですか?

 

樽本 百年で働いてもらっている社員たちの暮らしです。利益の追求を唯一の目的としないのは当然なんだけど、お店を支えてくれている一人ひとりの幸せを考えるのは、経営者としての責任だと思っています。

古本屋で働いて、不自由なく生きていけることがわかれば、新しく開業する人も出てくるでしょう。持続可能な事業と社員の幸せは、決して矛盾しないと思います。

 

帳場の前で作業をする樽本さんの後ろ姿。

 

なぜ人を育てるのか

 

── 百年のスタッフの中から開業する人も出てきているそうですね。

 

樽本 この間、『BRUTUS』(2019年11/1号)の本屋特集で百年を紹介してもらったんだけど、実はうちの元従業員がもうひとりの書店主とやった対談も掲載されています。「ATELIER」という通販の古書店をやっている女性です。うちからなぜネット専門の店主が生まれたのかわからないけど(笑)。

彼女のような新しい古本屋さんには10年後、20年後をイメージしながらお店をやってほしいし、僕自身も若い人たちが活躍できるような状況をつくってあげたいと思っています。

 

── もしかしたら強力なライバルになるかもしれない独立の志望者を支援するのはなぜですか?

 

樽本 人を育てるというのは、先ほど話に出てきた事業の持続可能性に関わってきます。言い方を変えれば、他の関係者とも力を合わせて業界全体を育てていかないといけない。僕自身もそういう立場になってきました。

何も考えずパイの食い合いをした結果、どこか一つの店だけが飛び抜けて儲かったとすると、持続可能性って奪われるわけですよね。

古本屋だとなおさらそうかもしれません。古書組合の市場も、みんなが本を持ち寄るから成り立つわけです。逆に古書店が減れば、それだけ市場も衰退していく。

 

── 業界全体を持続させるために、古本屋はこれからどうあるべきだと思いますか?

 

樽本 資本主義の競争の中で他店をつぶして売上を独り占めする──僕はそんなことのために古本屋をやっているわけではありません。いろんなお店があるからこそ、僕ら百年も生かされる。いわば、この共存のあり方を持続させるために毎日現場に立っているんです。

みんなの店が強くなれば、自分の店も強くなる。みんなが長く続けられるようになれば、結果として僕も長く続けられる。

もちろん、嫉妬もいっぱいします。「あの店ばかりにいい本が集まって、なぜうちには来ないんだ」とかね(笑)。それでも、多種多様なお店がたくさんあったほうがいいんです。

周りを顧みずに利益を奪い合えば、めぐりめぐって自分たちに跳ね返ってくる。今後ますます重要になってくるのは、事業者が互いに高め合っていける関係を築くことだと考えます。