2021.06.02
コラム
この原稿を書いている現在、臨月を迎えようとしている。
ドコンドコンとお腹の内側を勢い良く蹴られながらキーボードを打っている。
もうじきこのお腹の中にいる生命体と対面するのかと思うと何だか不思議でたまらない気持ちになる。出産は命懸けであると覚悟しつつも「吾輩は母になる、まだ母性はない。なーんちって」と自分が親になるという実感がまだ湧かず、ふざける余裕がある心持ちで1日1日を過ごしている。
今回はこの約10ヶ月間というお腹の中の赤ん坊との一心同体生活の中で味わった古本体験を掻い摘んで振り返ってみたい。妊娠したからといって急激に別人に変化するわけではないのだから、古本の影は妊婦となった身にも常に変わらず添い続けた。
だがこれまでと違って妊娠中だからこそ普段意識し得なかった新たな気付きも沢山あり悲喜こもごもな場面にも多く出会した。
この連載を読んでくださっている方は圧倒的に男性の占める割合が多いと想定しているので女性目線が色濃い今回の内容は読んでいて少々退屈に感じられるかもしれないが、どうか最後までお付き合いいただけたら嬉しい。
さて、妊娠がわかって以来、無事に育っていっておくれと願いながら順調に週数を重ねていくごとに小さな喜びを噛み締めつつも同時にじわりじわりと私の脳裏にある課題が忍び寄ってきた。それは「自宅にあるあの大量の本達をどどどどうしよう!!?」という問題だった。
出産にまつわる本やら育児書やらネットの情報やらに手当たり次第に目を通した結果、どうやら我が家の事態はかなり深刻だった。赤ん坊を育てるためには清潔かつ物が少ない環境が良しとされているらしい。
一方我が家を見渡せば部屋の中は至る所に本、本、本、どこもかしこも本だらけで物が溢れている。もはや障害物競争の会場にもなり得るレベルだ。新生児を迎えるにはおよそ似つかわしくない、埃を蓄積させる権化がこれでもかと居座っているのだった。
さらに、妊娠5ヶ月に差し掛かり産まれてくる子の性別が男の子だとわかった時には新たな危惧の念も浮上した。
書棚に並ぶ大量の戦前〜昭和50年代のおピンク関連書籍の存在である(これらの本達の詳細や収集している理由などは過去に掲載された『日本屈指のエロ本コレクター!?』の回に記載しているので興味がある方はこの連載のバックナンバーを是非読んでいただきたい)。
もし子供が物心ついた頃に「お母ちゃん、この本なぁに? これはなんと読むの? どおゆう意味?」と妖艶な女性や淫媚な言葉(〝熟れた花弁!〟とか〝初夜の性談〟とか…)が掲載された戦前のカストリ雑誌を手にしながら純粋な目で尋ねてきたら…。思春期になってから母親が性風俗資料やら昭和のB級エロ本やらの怪しげな本をコレクションしているとわかったら「ババア! 何考えてんだ! ざけんじゃねーよ!」とグレるかもしれない…。
このようにまだ産まれてもいない我が子の遥か先の成長した後の出来事を想像してアワアワしてしまうのはどうやら妊婦あるあるらしい。私の場合は悩みの元が特殊かもしれないが…。
これらの課題を早急に解決すべく慌てて収納グッズを買いにホームセンターへ走った。埃対策と目隠しという〝とりあえず間に合わせ作戦〟と銘打って大容量の蓋付きBOX型収納ケースを20個ほど買い揃えた。
これだけあればだいぶスペースも確保できて片付くだろうと楽観視していたのだが実際に詰め込んでみると読みの甘さを痛感する事態となったのであった。改めて整理を進めることになってあらわになったその収まりきらない本達の物量よ! 目の前には永遠に片付かないのではないかという惨状が広がった。
この叩きつけられた現実を前に何もかもが面倒臭くなった私が最終手段として取ったのが情けないことに〝なるようになるさ思考〟へのシフトチェンジであった。だってどの本にも愛着があるので処分するなんて無理。減らすことが出来ぬのであれば空いたスペースにまとめて詰め込めばいいじゃない。というわけで、1階の古本達を2階の一室にただ大移動させるという単純な作戦にでた。
テトリスのように古本達を紐で縛っては階上に運び、適当に押し込み積み上げていき…。2階の一室は古本の培養研究所もしくは古本ジャングルと言わんばかりの凄まじく混沌とした足の踏み場もない空間と化したのであった(子供の教育上あまりよろしくない本達は、商店街の八百屋で急遽貰ってきた果物段ボールに封印するような心持ちでドカドカ詰め込んで押入れ奥深くに収納した)。
その情景を前に「誰や! こんなに本を増やしまくったのは!」「お前やっちゅーねん!」とひとりボケツッコミを虚しく繰り広げた。それにしてもこれだけの古本をせっせと買い込んできた自分。我が事ながら恐ろしさ半端ない…(古本愛は盲目、としみじみ痛感した)。
こうして幾分広くなった1階の様子を満足気に眺めた私は、当分の間は2階の存在を脳から抹消しておくことにしたのであった。
が、これで一件落着となるはずのないのが古本病重篤患者の怖いところである。
コロナの影響でネットでの古本購入が常習化していた私は、古本の片付けがひと段落した安堵感も拍車をかける要因となり新たに古本を買いまくるという行動に出てしまったのである。「将来、子供が読むかもしれない!」「子供の知識への投資だ!」という新たな都合の良い口実を作り出した私は毎週決済ボタンをクリックしまくった。気になる古本を見つけると脳内からハッピーホルモンが分泌されるせいか込み上げるつわりの苦しさも紛れた。
こうして注文した古本が届くたびに再び1階の床には古本が1冊また1冊と積み上げられていったのであった。
やがて安定期を迎えた頃になるとこの古本病はさらに加速し、新たな刺激を求めるようになってきた。母性よりも先に濃厚な古本愛が育まれている妊婦、もはやこの本能は誰にも止められない。コロナ禍という状況もあり以前のように数多くの古本屋を訪れることは出来なかったがそれでも臨月に至るまで可能な限り古本漁りへと出向いた。
ところがこれまで通りとはいかない現実を目の当たりにしたのであった。
妊娠前から10kg近く体重が増えるわけなのでとにかく体のどこもかしこもが重い。動悸息切れに加え迫り出した大きな腹の存在。数ヶ月で本を見るのもひと苦労な肉体に変化していたからである。
数十メートル歩くだけで疲れてしまうので店に向かう道中は何度も休憩を挟まねばならず、店内では陳列された古本タワーが巨大化した腹部に当たって崩れないように身体の角度に気を遣いながら慎重に通路を進んでいかねばならない。重なった本をチェックしようと取り分ける力作業や下段の背表紙をチェックするために屈む姿勢も気合いを入れねば思うように身体を動かせなくなっていた。時折立ち止まって仁王立ちになり深呼吸をして体勢を整えながら買った古本達が入ったビニール袋を手にヨタヨタ歩く姿はもはや老いたペンギンのよう。
これまで難なくこなしていた一連の動作が鍛錬のように感じられるとは。これには本当に驚いた。
ではそうまでしてなぜ古本漁りを実行していたかというと、もう自由気ままな古本漁りが当分出来なくなるという焦燥感もあったからだった。
〝出産後は子育てで本を読むどころか睡眠すら取れなくなりめちゃくちゃ忙しい。自分の時間はほとんどない〟と10人中10人の経産婦が真顔で答える産後の生活イメージに私は恐れ慄いていた。確かに経験していない者からするとこれから待ち構える産後の生活は未知の世界だ。180度の変化がやってくるのは間違いない。この先心置きなく子育てに邁進すべく最後の身ひとつ古本漁り行脚に勇んで繰り出したのであった。
ささやかな喜びを感じることも勿論あった。
それは古書店で棚を見ている最中、不思議なことに普段より胎動がよく感じられたことだった。私がワクワクしながら漁書しているのがお腹の中にも伝わるのか赤ん坊が元気に動く度に「そうかそうか、君もこの喜びを分かち合ってくれているのか」と嬉しくなった。購入した古本を茶店で愛でている最中も同様で、まるで良き理解者が側にいるかのような心持ちになった。
こうして妊娠期間中も胎教代わりに古本趣味を謳歌したのであった。
子供が成長したら一緒に古本屋巡りをしたいな、色んな場所に連れていって様々な世界を見せてあげたいな、と今から色々と楽しみを膨らませている。
欲しい本があれば好きなだけ買い与えてあげられるように仕事にも精を出したい! と気が早いもので既にやる気満々である。
というわけで産休に伴い、この連載も一旦お休みさせていただくこととなった。
今後は子供も交えて新たな古本趣味の世界を開拓していきたいと思う。
また再びこの場所で読者の皆様にグレードアップした古本四方山話をご紹介出来る日を楽しみに、まずは来たるお産を母子共に元気に乗り越えられるよう頑張りたい。
では、次回は子連れ古本ハンティング編でお会いしましょう!
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カラサキ・アユミ
1988年福岡県に生まれる。幼少期よりお小遣いを古本に投資して過ごす。
奈良大学文化財学科を卒業後、(株)コム・デ・ギャルソンに入社。
7年間販売を学んだ後に退職。
より一層濃く楽しい古本道を歩むべく血気盛んな現在である。
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