2021.05.05
コラム
台湾の南西に位置する台南市。古本屋が多いことで知られるこの町の一角に、林檎二手書室はある。
店を営んでいるのは同い年の夫婦(43歳)。店主を務める奥さんの代わりに、夫の李さんがインタビューに応えてくれた。
実店舗を始めた経緯、店名の由来、そして古本屋を営む難しさ。日本と台湾の古本屋でどんな違いが見えてくるだろうか。
林檎二手書室の外観
―― 古本屋の経営はご夫婦でなさっているのですか?
李 はい。妻が店主で、私はその手伝いをしています。ただ、妻はちょっと恥ずかしがり屋で、話をするのが得意ではないので、今回は私が代わりに質問にお応えします。私は本の収集から店の経営まで、事業全体に関わっていますので、妻のやってきたことをきちんとお伝えできると思います。
店内の様子
―― 奥さんはどのような経緯で古本屋を始めたのですか?
李 もともと妻は工場の技術者だったのですが、会社で決まった時間に決まった人たちと仕事をするのが苦手で、もっとゆっくり自分の時間を持ちたいと感じていたようです。小さい頃から本を読むのが好きで、いつか起業しようと考えていた妻は、性に合わない環境で働きながらもその思いをどんどん膨らませていました。そしてついに2005年頃、工場を辞めて古本屋の仕事を始めたのです。
先輩の古書店主からのアドバイスもあって、最初はオンラインショップで本を売っていました。注文が入ると本を包装して送るのですが、妻は仕事がとても丁寧なんです。たとえ一冊の本であっても、クラフト紙と麻縄を使って入念に梱包する。するとお客さんから「きれいに包んであって嬉しくなった」「いい仕事をしている」といった声が寄せられるようになりました。また、オンラインショップだけで営業していた数年のうちに、「実際にお店に行って本を買いたいんだけど、どこにあるの?」と聞かれる機会も増えていきました。そこで妻と私は2011年の後半から準備を始め、翌年の1月26日に今の場所で実店舗を始めたのです。
クラフト紙と麻縄を使った温もりを感じる丁寧な梱包
―― 実店舗を開くのに、なぜ今の場所を選んだのですか?
李 条件は主に二つありました。一つは、市内に近いこと。もう一つは、家賃が安いことです。古本屋が多く並ぶ台南市の中でも、私たちの店がある地域は住宅街に当たります。林檎二手書室のような古本屋は、外観や雰囲気も含めて、このあたりでは珍しい存在だったのではないかと思います。
お客さんは地元の人から観光客まで、幅広い年齢層の方がいらっしゃいます。近くに学校がいくつかあるため、学生さんもよく来てくれます。
―― なぜ「林檎」という店名を付けたのですか?
李 2008年2月のことだったと思います。妻と私は日本に雪を見に行きたいと思い、東北を回る安いツアーをネットで見つけて、それに2人で参加しました。山形県の「山寺風雅の国」を訪れた際、土産物屋で妻はあるものに目を留めます。それは、「林檎」とパッケージに書かれたリンゴ酢でした。妻は私のほうを振り返って「この漢字、とてもきれいで素敵じゃない? 将来、自分たちのお店を持つ時には『林檎』という字をお店の名前に使おうよ」と言ったのです。
実際に古本屋の実店舗を開く段階になって、私たちは日本の旅を思い出して「林檎二手書室」と名付けました。「林檎」を構成する漢字はいずれも木偏ですから、木材などを原料とする紙の書籍にもイメージがつながる。あと、妻の名字が「林」であるのも、この店名にした理由の一つです。
―― 台湾では「林檎」という漢字をあまり使わないのですか?
李 果物のリンゴを表すのに、台湾では一般に「蘋果」という漢字を使います。妻の気に入った「林檎」については、日本の商品を除くと、台湾で日常的に目にする言葉ではありません。逆にいえば、台湾で生まれ育った人が「林檎」という字を見ると、どこか日本らしさを感じるのです。身内に日本語の教師がいる妻や日本が大好きな私にとって、そういう意味でも「林檎」という店名はピッタリでした。
店先に設置された電飾看板
―― 日本の古本屋を取材すると、本の仕入れが難しいという話がよく出ます。林檎二手書室ではどのように仕入先を確保していますか?
李 私たちも本の仕入れには苦労しています。というのも、基本的には受け身でしか本を集めることができないからです。一年のうちで大量に本が流れてくるのは旧正月(春節)の連休や夏休みの長期休暇なのですが、それでもお客さんから買取の依頼が来るまで待つしかない。しかも、台南市には自分たちよりも長くやっている古本屋がたくさんあって、競争も激しい。
本を仕入れるために少しでも主体的にできることはないかと考えて、開業当初から台南市の外にも買取に行っています。
―― お店の広告や宣伝はどのようになさっているのですか?
李 妻や私の控えめな性格も関係していると思うのですが、派手に宣伝するよりも、店としての基盤をしっかり作っていきたいと考えています。継続してやっていることは、Facebookページを定期的に更新することぐらい。それでも利用してくださるお客さんがいるのは、店での何気ないやり取りや本の扱い方が特別な印象を残しているのかもしれません。
―― お店を始めてから今年で9年。長く続けてこられた秘訣はどこにあると思いますか?
李 妻は経営者として古本屋に専念している一方で、私はまだサラリーマンとして工場で働いています。収入の規模からすると、古本屋の手伝いのほうがむしろ副業だともいえる。万が一の場合に備えて、生活できなくなるリスクを少しでも減らすことで、何とかこれまで続けてこられたのだと思います。ですので、純粋に本の商売だけで長年やってきている他の古本屋を見ると、感嘆すると同時に「どうやっているのか」と不思議に思うことがあります。
林檎二手書室のオリジナルトートバッグ
―― 日本の古書組合に相当する組織は、台湾にあるのでしょうか?
李 日本にあるような、古書店だけを対象とした組合は台湾にはありません。どちらかというと、それぞれのお店が独立して自分たちのことをやるという傾向が強いと思います。中には古本屋の地図を作ったり、互いに協力し合ったりする地域もあるのですが、なかなか全国には広まっていきません。
ただ、古書店を含む独立書店をメインとした組合はあります。有名なのは、「台湾独立書店文化協会」と「友善書業供給合作社」です。どちらも主に新刊を扱う独立書店をケアする目的で始まったのですが、古書店も後々その対象に含まれるようになりました。
―― 今のような変化の激しい時代に、古本屋をやる意義はどこにあると思いますか?
李 台湾でも若者を中心に〝読書離れ〟が進んでいるという報道をよく目にします。私たちがお店を開いてからの9年間、このあたりに新しい古書店ができていないのも、そうした時代の流れと無関係ではないでしょう。
しかし、紙の書籍や古書業界を取り巻く厳しい状況を理解した上で、私たちは店を開きました。環境に対してただ嘆いたり、不満を言ったりしても仕方がありません。誰かの手から受け継いだ本を次の人へつなぐことで、〝知識〟を届けるのが私たちの役目だと思っています。一度やると決めたならば、自分たちの仕事をしっかりと全うし、少しでも長く店を続けていきます。
【林檎二手書室】